愛・天地人博 南魚沼へ行ってきました
愛・天地人博 南魚沼へ行ってきた。
入場券を買うと、南魚沼産こしひかりが一合付いてくる。
旧・六日町と塩沢町が合併した南魚沼市は、NHK大河ドラマ「天地人」の主人公・直江兼続の生誕地であり、また私が20代の前半に大変お世話になった土地でもあり、私自身今でも旧・六日町、塩沢町に対しては一方ならぬ強い思い入れのある土地である。
故に、この「愛・天地人博 南魚沼」には是非とも行かねばならぬと、年明けから、その機会を窺っていた。
先日1月19日、遂に、天の時はやってきた。
午前中、家族と一緒に、旧・塩沢町の舞子高原スキー場で遊び、15時頃には、帰りの途中で会場の六日町駅に到着するという、正に地の利。
後は、人の和を残すのみ。
昼過ぎには、私の気持ちは既に浮ついていた。
「子供たち、早く帰ろうって言わないかな~」とか
「パパ、早く天地人博行こうよ」って、
言ってくれないかなぁと、私は心の中で「早く帰ろうって言いなさい」と呪文の如く唱え続けた。
会場に着くと、受付に叩きつけるように、千円札を一枚出し「大人2枚」と告げた。
子供達が私の脇をすり抜け、会場に走っていく。
「あっ、まだダメだ!パパが一番だ!」
とあせりまくる私の前になかなか入場券が出てこない。
私はイラついた。
「早くせぬか!」私が半分キレかかった時、
受付娘が私に言った。
「あと、200円足りません」
「あっ、そう?」
と、私は半分赤面しながら、不足の200円を支払い、入場券とオマケの米をもらって、そそくさと会場に入った。
最初は「大河ドラマゾーン」。登場人物のパネルと実際の衣装や小道具の展示が中心である。
5歳になる長男に、同じ5歳の与六はこんな服を着ていたんだ、と聞かせた。
私は、NHK出版の大河ドラマ・ストーリー「天地人」前編を熟読してきたので、ここら辺の展示について、さして見るべきものは感じられなかった。
正直なところ、入場料600円だと、こんなものなのだろか?と一抹の不安のようなものを感じた。
その先に進んだ時、一筋の光明が見えた。
直江兼続の愛の前立の兜の着用コーナーだ!
やった!よし、ママ、写真撮ってくれ!
と、妻に言い、私が兜に手を掛けた時、
「写真、お撮りましょうか?」と誰かが背後から声を掛けてきた。
でた。写真の業者である。
「これは、お宅さんから写真を撮ってもらわないと体験できないんですか?」と尋ねると、
そういう訳ではありませんが、良かったら買って下さい。
「ちなみに、おいくらですか?」
一枚1000円です。お客さんのカメラでもお撮りしますし、こちらでも撮りますので、良かったらどうぞ。
こういう商売のやり方は、私が最も忌み嫌うやり方であり、何となく買わざるを得ないような心理状況を作り出し、結局は後味の悪さを残す。
よく、大恐竜展とかに行くと、必ずそういう商売をしている。がっかりである。
「撮って下さるのはありがたいですが、お宅の写真はいりません」と私は言った。
業者は、それでも結構ですよ~、と言いながらも、しっかりプリントアウトし、訳のわからんヘンテコなフレームの写真を私たちに見せて、良かったらどうぞと繰り返した。
私は「いらない」と言い放った。
ヨメさんが、「そんな事言っていいの?」と不安な表情をした。
私は更に「いらない」と言った。
業者は、それでもニコニコしていたが、目が笑っていなかった。
この時点で、はっきり言って、興ざめた。
写真の業者さんが悪いのではない。
そういう、詮無きブースを設けている、主催者の小さな利に走る姿勢に、がっかりした。
なんのための博覧会なんだい?
火坂先生の原作を本当に読んだのかい?
「仁愛」って言葉を知ってるのかい?
本来ならば、そこにいるべきは「写真業者」ではなく、なぜ兼続が「愛」という文字を前立に掲げたのかとかを解説してくれたり、希望があれば無料でシャッターを押してあげたりする、職員ではないのかね?
そこに「愛」はあるのかね?
私は、「怒り」というより、悲しさや情けなさで胸が詰まった。
一番最後の出口にお土産物コーナーがあるのはいいとしても、来場者へのアンケートすらない。
これで、12月27日までもつのかい?
私は決して批判をしたいのではない。
米沢に負けないためにも、もっと来場者の声に耳をかたむけ、常に飽きさせない、また行きたいと思える、すばらしい博覧会になってほしいだけなのだ。
だから、いい展示や会場づくりをするためは、もっと入場料を上げてもいいだろうし、オマケの米などは全員に配るのではなく、きちんとアンケートに応じた人にあげてもいいと思う。
場合によっては、もっとNHKから強力なバックアップも要請すべきだ。
私は南魚沼という場所にかつて本当にお世話になった。
だからこそ、敢えて言い難いことも、言わせてもらう。
原作「天地人」の中で、不識庵謙信は兼続に語っている。
『わしは信長に、いや天下の万民に、利を得るよりも崇高なものがあると知らしめたい。人が人としてあることの美しさ、それがわしの考える義だ』
これは、南魚沼のために決して、「宴」に留まってはいけない。
越後が誇る偉大な人物たちの生誕地、縁の地として、主催者は、おのれの「義」と「愛」を掲げ、後世に語り継ぐ、重要な一年でなければならないのだ。











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