小さな悩みと大きなクワガタ(最終回)

しかし、洋物のクワガタの「挟む力」が、こんなに強いとは思わなかった。

そう言えば、あの如何にも儲かっていそうなカブトムシ屋のオヤジに、

コクワガタと一緒のところに飼っても大丈夫か?と訊いた時、

「それは絶対止めて下さい。殺されます」

と、サングラスの奥から、不敵な笑みをニヤリと浮かべたのを思い出す。

私は、こんな凶暴なヤツを家に持ち帰ってしまったことを後悔した。

やはり、あの時、子供達の人数分のフツーのカブトムシかクワガタを貰うべきであった。

しかし、思い返せば、私自身、「洋物への憧れ」という潜在的な欲求があったことも否めない。

だからこそ、殊更に断ることなく、とりあえずは貰ってしまい、挙句に昆虫ゼリーまで購入してしまったのだ。

その「洋物への憧れ」は、強烈な思いというものではなく、

ただ「ちょっと試してみたい」程度の、実は極めて小市民的な過ぎないものだ。

例えば、ちょっと外車に乗ってみたいとか、ちょっと金髪の外人と付き合ってみたいとか、

その程度なのである。

だから、実際は、スーパーの惣菜売場の試食程度に味わえば、それで満たされてしまう。

あるいは、やや憧れや妄想が膨らんでいるために、それを実際に体験した時、

「思った程ではない」と結論付けても後悔することはない、という本当に小さなものなのだ。

*************

二十代の中頃、知り合いのクルマ屋のオヤジが、

「兄さん、お前さんにぴったりの車があるんだけど、どうだい?ちょっと乗ってみないかい?」

と言ってきた。

私は、じゃぁ見るだけ見ます、と軽く流すように言った。

どんな車なのかも、聞くのを忘れた。

翌日、そのクルマ屋のオヤジが持ってきたのは、中古のゴルフだった。

「これ、きれいに乗ってた人のだし、結構掘り出しものだよ。

左ハンドルだけど、まぁ、あんた若いから、大丈夫大丈夫。

ちょっと、そこら辺乗ってきなよ」

と言って、おもむろに私に車のキーを預けた。

私はその時点で、既に買う気はなかった。

仮に付き合いでも、無理に買う気にもならなかったし、はっきり言ってほしいとも思わなかった。

しかし、「でも、ちょっと外車なんか運転してみたいなぁ」程度の気持ちはあったので、

「それじゃぁ、そこら辺、乗ってきます」と言って、キーを預かった。

クルマ屋のオヤジは、私にその気があると思ったらしく、

「ちょっと、置いていくから、好きに乗りなよ。」

と言い、「俺、ちょっと買い物してくるから」といって、私の店に入って行った。

その時、私は、満更でもない気持ちで、その中古のゴルフのドア開けた。

ドアの開閉に重厚感というか、安い車のドアにはない、いい意味での重さがあった。

ドアを閉めると、高い気密性を感じさせる、静寂な空間が私を包んだ。

硬質感のある、やや直線的なラインで構成されている内装は、国産車とは一味違う、質実剛健な印象で、それだけでドイツを感じさせた。

いや、「ドイツ」ではなく「独逸」と表記した方が相応しいかもしれない。

私は、そのゴルフのやや固めのシートに座り、位置を調整し、ゆっくりとエンジンキーを回した。

そして、やや重さを感じるアクセルを静かに踏み、公道に出ようとウィンカーを出した。

つもりだったが、何故かワイパーが、目まぐるしく動いていた。

「あれ?」

私は俄かに動揺した。

そして、そうかそうか日本車と反対なのだ、という事を、間もなく知った。

私は、もう一度仕切りなおして、今度はちゃんとウィンカーを出し、公道に出た。

しばらく走り、左折しようとした時、またワイパーを動かしてしまった。

「イカン!」

そう思うと、尚更、気が焦った。

そこには、その気密性の高い静寂に包まれた空間の中で、ウィンカーとワイパーごときに格闘し、一人赤面し、手にびっしょり汗をかいている私自身がいた。

結局、乗り心地がどうかとかいう以前に、そんな事でぐったりと疲れてしまった私は、早々に戻り、クルマ屋のオヤジに、

「オレには合わない」といって、車のキーを返した。

そして更に、オヤジに「思った程でもない」とまで言い、自分を慰めた。

オヤジは「そうかい?アンタにピッタリだと思ったんだけど・・・」と言って、寂しそうな顔をして帰って行った。

****************

あの時のように、「オレには合わない」と言って、このナントカカントカという大きなクワガタムシを返品できないものであろうか?

なまじ生き物ゆえに、むやみな殺生や、外来種ゆえに外に逃がすこともできない。

私は、NHKラジオ第一の「夏休み こども科学電話相談」というラジオ番組で、

ひょっとしたら、私と同じような悩みを抱えている子供達いて、その事を質問してくれないだろうかと、切に願ってやまない。

私は、夜な夜な、飼育ケースの中に霧吹きをかけたり、汚れた昆虫ゼリーを取り替えながら、

夏の甲子園が終わると、その番組がまたはじまるので、

長男に電話させてみようかとか、思い切って年齢を偽って私が質問してみようとか、

小さく悩んでいる。(了)

| | コメント (0)

小さな悩みと大きなクワガタ(4 )

なぜかヨメさんは、ズボンに大きなクワガタを付けていた。

そして、私に頻りに、クワガタを取れと言っていた。

私は最初、おもちゃかと思ったので、

「自分で取れば」と言って、また寝ようかと思った。

ところが、あまりにしつこく「取ってくれ」というので、よくよく見たら、夕べの祭りでとってきた、ナントカカントカというクワガタムシが、しっかりとヨメさんのズボンを挟んでいた。

仕方がないので、そのナントカカントカというクワガタムシを引っ張るのだが、全くヨメさんのズボンを離そうとしない。

私は、段々面倒くさくなってきた。

そして、ヨメさんに

「じゃ、そのズボン脱げば」と言った。

我ながら名案だと思った。

それで、一気に問題は解決である。

そして、クワガタが離れたら飼育ケースに入れたら良いではないか。

鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス。

ヨメさんは、半分泣きそうになって、しぶしぶズボンを脱いだらしい。

私はそのまま、また眠ってしまったので、その後の経緯は知らないが、後で見たらクワガタムシの飼育ケースの中には、何故かタオルの切れ端が一緒に入っていた。

どうもその後、クワガタムシはタオルに噛み付き、ヨメさんは仕方なくそのタオルの周辺を切り取り、一緒に飼育ケースに入れたらしい。

彼女の奮闘振りが偲ばれた。

つづく

| | コメント (0)

小さな悩みと大きなクワガタ(3)

一人一匹づつもらえなかった事に、子供たちは若干不満な様子であったが、

それでも、本やテレビで見るような、洋物のクワガタをペアで入手できた事で、子供達の中では、腹八分目くらいの満足度があったらしく、差して兄弟で諍いをすることなく、無事に家に帰ることができた。

家に帰ってから、子供達はナントカカントカというクワガタの入ったタッパケースを開けて、その大きさに嬉々としていた。

私は、明日でもちゃんとした飼育環境を作ってあげなければならないなぁ、と思いながら、その夜は、久々に緑川の本醸造を飲んで早々に寝た。

翌日、朝早くにヨメさんから、突然叩き起こされた。

「ねぇ、ク、クワガタが・・」

声が妙に情けなかった。

「ねぇ、ちょっと、ねぇ、起きて、あのさー、クワガタがさー・・・」

つづく

| | コメント (0)

小さな悩みと大きなクワガタ(2)

私が、次男の引いた4等のクジを店主に差し出すと、

「えっ?4等?ホントに?」

そのカブトムシ屋さんは、なぜか慌てた。

どうも、1等~3等は商品を決めていたのだが、4等という中途半端なところまでは決めていなかったらしく、

「え~と、え~と、4等はね~、え~と、4等はねぇ~、どれにしよっかな?」と言い、

暫し迷った挙句、

「じゃぁ、これ!」

と言って、

オオクワガタよりも一回り大きい外来種のナントカカントカというクワガタの、オスとメスのセットで差し出した。

私は、

そんな洋モノはいらないから、子供達の人数分のフツーのカブトムシと交換してくれないか?

、と言おうと思ったが、

次男がガッカリするのもアレだし、

割かし利口な方の長男が、その様子を見ていたので、後で「あの時ねぇ~、」と話をされるのもアレだし、

とうとう、交渉話を切り出すに切り出されず、

結局、そのナントカカントカという妙にデカイ、外来種のクワガタムシのセットをもらってしまった。

そして、その如何にも儲かっていそうな風貌の店主は私に、

「お父さん、実はね、このメスはねぇ、向こうの原産地で、もう一発やってきたんですよ。

だからね、上手く産卵させて、育てれば数十万の価値ですよ。」とニヤリとしながら囁いた。

素人に対する、リップサービスなのだろうが、

一瞬、

もしそうなったら、どうやって販売しようか?

と、考えてしまった。

いや、それとも利益率は下がるが、一括買取してもらった方がいいのか?

とも、あらぬ想像が頭の中を駆け巡った。

しかし、それと同時に、

じゃぁ、このオスの気持ちは、どうなるんだい?

現産地にいれば、いろいろと出会いもあったろうに・・・

可哀想に、商売のために、こんなところまで連れて来られて、自分の子孫も残せないなんて・・・

と、悲しい気持ちになった。

そして、性欲は満たしてあげれないけれど、せめて食欲は満たしてあげようと、私は、店主奨励の業務用昆虫ゼリーを買ったのだった。

つづく

| | コメント (0)

小さな悩みと大きなクワガタ(1)

先日、隣の市の矢代田地区のコミュニティのお祭りを見に、子供達と行ってきた。

「隣の市」と言っても、市町村合併が進み、何年か前に隣の小須戸町が新潟市と合併したため私の住む町の隣は、既に新潟市なのである。

なので、県外の人とお話をした時、

「新潟市内まで、時間的にはどのくらいですか?」と相手に訊かれると何となく困る。

実際は、新潟市中心部(新潟駅を中心と考えれば)までは、車で約50分の距離なのだが、

市町村合併により新潟市の範囲が膨張した事で、隣接する町が新潟市になったので、

車で5~6分も走れば、一応、そこは行政区分上、新潟市内なのである。

しかし、質問者の意図するところは、中心部までどのくらいか?という事と思われるので、とりあえずは、上記のように、「約50分」というのが、正しい答えである。

だが、そのような脈絡がなければ、「5~6分」も答えの範囲であるし、また、「約50分」というのも、

「約一時間」とそれほど大差がないので、なんとなく歯切れの悪さと言うか、往生際の悪さを感じさせるようで、相手にはわからないだろうが、密かに悩ましく思っている。

***************************

さて、そんな私の小さな悩みはどうでもいいのだが、そのお祭りで、所謂カブトムシ屋さんが出店していた。

そこで、「1回500円、3回1,000円、ハズレても必ず一匹差し上げます」という、クジ引きをしていた。

私の3人の子供達が、そのクジをやりたがっていたので、3回1,000円のものを、一人一回づつ引かせてあげた。

いかにも「儲かってます」というような風貌の、そのカブトムシ屋さんの店主は、私の子供達に向かって、

「一等は、ヘラクレスオオカブトだよ。頑張って当ててね」と、いかにも「儲かっています」というような独特の笑みで声をかけた。

そのカブトムシ屋さんは、カタギの人なのだが、彼の身に着けているものから、オトナの私は、その店主の儲かっている振りを察した。

彼の前には、外来種のクワガタムシやカブトムシが入った小さなケースが山のように積まれていた。

そして、店先には、大きなプラスチックの衣装ケースのようなものが置かれ、中にはフツーのカブトムシが沢山入っていた。

ハズレたら、この中から一匹をくれてやるのだろう。

私は内心、「どうかハズレますように」と願った。

期待を込めてクジを引く子供達には悪いが、フツーのやつが、一匹か二匹居ればそれでいいのだ。

後は、そのうち、うちの店の自動販売機の灯りでやって来るだろうし、夏が終われば彼らムシ達の寿命は、儚く尽きるのである。

3人の子供の内、長男と三男は親の期待に応え、ハズレだった。

「よし」と、私は密かに、小さくガッツポーズをした。

ところが、あろうことに、次男が4等を当ててしまったのだ。

つづく。

| | コメント (0)