2008年4月 5日 (土)

アンパンマン 小考 2

やはり、いちいち、大人の視点からツッコミを入れるのは、極めて詮無き事だと思った。

そういう見方をするのは、実に容易いが、果たしてそれが大人の楽しみ方なのだろうか?

と、自問してみた。

子供は、私のあぐらの中に座って、アンパンマンを黙って真剣に観ている。

私が妻に、これは、あーだこーだ、これはどうなっているのか?などと問うと、

それはね、こうこうこうなのよ。

と、即答する。

私は、なるほどね、と言いつつ、酒を飲む。

でも、アンパンマンの大人の楽しみ方は一体何なのだろか?と再び考える。

恐らく、これではないかと思う。

原作者である、やなせたかし氏は、フレーベル館のホームページで、

「アンパンマンをかきはじめてから約30年になります。最初はおとなを対象にしたメルヘンとしてかいていました。(中略)この本を認めたのは4歳、5歳の幼児です。いつのまにか人気者になり、本当に静かに作者もまったく気がつかないうちに全国的にひろがっていきました。本当に不思議です。」

と語っている。

つまり、最初の思惑とは、全く別の方向でヒットしてしまったため、対象年齢を下げて、今後の物語の展開をするにあたって、かなりの齟齬や矛盾点を内包せざるを得なかったという事情を見てとれる。

であるならば、そこらへんの事情を斟酌し、同じ社会の大人からすれば、

そのような矛盾点や齟齬に対して整合性をつけるための、後講釈すなわち、言い訳に、

そうきたか!と、腑に落ちる展開を楽しむべきではなかろうか。

すなわち、後講釈が如何に面白いか。

そんな風に思う。


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アンパンマン 小考

次男と一緒に、「アンパンマン」のDVDを見た。

あぐらの中に子供を座らせて、昨日から飲み始めた普通酒をコップになみなみと注いで、ちびちびと飲みながら鑑賞した。

さらりとした口当たりと、きれいな伸びと、透明感のある味わい。

かつてブームを引き起こした、典型的かつ、模範的な、往年の新潟の「淡麗辛口」タイプと言える。

面倒くさい理屈や主義を抜きにして、これはこれで、いい酒だなぁ

って、

あれ?ここの酒ってそんなに良かったっけ?

と、思いつつも、普段大して気にもしていなかった、アンパンマンについて、酔ったついでに、ちょっと考えてみた。

小麦粉が値上がりしているから、ジャムおじさんのところも、やっぱり値上げせざるを得ないだろう。

そういえば、ジャムおじさんの工房で、パンを買っている人を見たことがないんだが、ここは店売りしていないのか?卸専門か?」

と言った、いやらしい大人のツッコミを、妻に念仏を唱えるかのように尋ねると、

さすがに、子供と何回も見ている事もあり、それはこうこうこうで、こうなっている、といった、要約された答えが返ってきた。

その答えを聞いて、私は、私なりに、ということは、アンパンマンの世界では、物々交換で経済が動いているのだな、ということを確信した。

「なるほどね」

Anp_top1

つづく

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2008年3月 7日 (金)

酒の陣が近づいてきました

今月半ばに開催される、「新潟・酒の陣」に向けて、各方面で盛り上がってきてるな~、という感じである。

特に、本日発売の新潟の地方雑誌「WEEK」の特集は、「おいしい日本酒教えます」。

新潟市を中心とした若手酒販店4人による、新潟清酒のオススメのお酒の特集。

その読み手の受け取り方は、様々であると思う。

いろいろな立場があるからね。

しかし、酒の陣の開催が近いから特集が組まれるのではなく、(まぁ、その表現方法は別として)、こういうのは常態化して然るべきだと、改めて感じた。

この雑誌は、いわゆる「若者(20~30代)」を対象としたものだ。

雑誌に影響されても、なんでもいいから、まずはこれを機会に是非飲んでみてほしいと思う。

アル添してるからどうのとか、純米がなんちゃらかんちゃらとかいう、理屈で日本酒を難しくする以前の事だ。

まずは、「リアルに、日本酒飲んでみようかなって感じ」と思ってもらって、

「結構、うまいもんだと思いましたよ、リアルに」。

って、感じてもらえれば、リアルにうれしく思います。

ところで、なんで最近の若者は「リアルに」って言うんでしょうか?

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2008年2月28日 (木)

オマケについて

2月も、アッという間に終わろうとしている。

デモデモデーモ、今年は閏年で、一日おまけ。

なんか、得した気分である。

今日、店頭の自動販売機で缶コーヒーを1本買ったはずなのに、

取り出し口を見ると、なんと2本あった。

実は、うちの店頭のコカコーラの販売機は、当たり付き機能を作動させている。

しかし、当たったこと示す、表示も音声もでない。

当たった時は勝手に、ガタンっと音を立てて、買ったものと同じものが出てくる。

一応、「当たり付きです」という表示を張ってはあるのだが、以外にそれに気づいている人は少ない。

中には、当たったのにもかかわらず、その無言のサービスに気持ち悪がって、持っていかない人もいるし、急いでいる人は、2本目が出てくる前に立ち去ってしまう。

多分、そういう訳で、1本取り残されていたのだろう。

しかし、そうなると実はかえって厄介なのである。

こういうご時世である。

次に、その自動販売機で買った人は、取り出し口に残っている缶コーヒーを見て、大概、「不審な1本」と感じるだろう。

当たりという幸運のおまけの1本が、不審な1本に反転。

世の中は難しい。

そんなことを考えながら、缶コーヒーを飲んでいたら、ついでに、

明日、一日おまけの、4年に一度の2月29日だが、この日に生まれた人の誕生日は4年に一回なのか?

いや、常識的には3月1日のカウントだろうな。

でも、社会生活上、不合理なことも多々あるだろうなぁ、なんて、どうでもいい事を思ってしまった。

ちょっと、気になって、2月29日が誕生日の人を調べてしまった。

やはり、いるんだなぁ。世の中は広いなぁ。

大野 耐一 氏(1912年2月29日) !

トヨタ生産方式の産み親でも、自分の誕生日まではカイゼンできませんな。

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2008年2月26日 (火)

悪意はないが

ようやく、私専用のデジカメを購入した。

今までは、ヨメさんのデジカメを借りていた。

というか、正確にはですね、

そのデジカメは私が金を出したのに、

何故かヨメさんのもの

そのデジカメは私が金を出して買ったのに

何故かヨメさんに「借して下さい」と頼む。

「お前のモノはオレのモノ。オレのモノはオレのモノ」

という、まるで、ジャイアンとのび太の関係だった。

オレ専用を購入したことで、どうも腑に落ちなかったものが、スッキリした。

但し、オリンパスのかなりの安い手のヤツである。

大したものを撮るわけでもないし、私はこれでいいのである。

なんか、社会人になって初めて、自分の金で自動車を買ったような、懐かしい気持ち。

愛着がわく。

けど、車と同じで、一回でもこすったり、ぶつけたりすると、もう、どうでもよくなるだなぁ、これが。

まぁ、それはともかく、このデジカメで人を撮ると、悪意はないのだが

被写体の人が、なぜかへんちくりんな顔に写ってしまう。

フツーに撮っているのに、相手の顔は予期せぬ、不細工顔

私自身も、「あなた、普段こんな変な顔してないよね」と逐一フォローを入れなければいけないほどなのである。

このデジカメで、学生時代の同窓会や、酒の会やら50枚以上を撮っているのだが、

相手が怒らない範囲でお渡しできる写真が、数えるほどしかない。

そんなつもりではないのに・・・。摩訶不思議である。

被写体が悪いとは口が裂けても言えない。

私はこれでも、自称、名カメラマンである。

第一子が生まれた時、キャノンの一眼レフを買った。

これでもか、と子供を撮りまくって腕を磨いたはずだ。

私の腕が悪いのか、デジカメが悪いのか?

やはり、ニコンやキャノンには敵わないのか、オリンパスよ。

まぁ、なんでもいいけどさ。

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2008年2月20日 (水)

微妙ということ 2

2月17日、東京マラソンの日、私は明らかに捻挫したと思われる左足を引きずり、トボトボと歩き、予定をこなした。

私はまるで、最終のトラックの福士加代子のようだった・・・・。

いや、そんな感じだったような、まぁ、そこまで壮絶でもなかった訳なんですけど、気持ちの問題ですから。

なんとなくね、まぁそういうことでね、そういう感じの状況だったと、言う事にしておいた方がありがたい、みたいな感じです。

午前中、お得意様の米寿のお祝のご挨拶。

午後より、学生時代の同級会を兼ねた、恩師の古希のお祝。

ほぼ、十年ぶりに恩師と再会。そして、オレ様ご学友にも再会。

しかし、思うのだが、大学時代の友人は年齢的にも比較的、その形態の変化が「微妙」なため、顔を見た時に、すんなりと邂逅できる(註1)。

(註1)仮に、頭部毛髪に変化が観察されたとしても、それは学生時代より、暗黙の内に、同級生のほぼ全員が、その兆候を予見しているために、「必然性」として、差して驚くべきではない。

ある意味、お互いに助かる場面である。

けれども、小学校~中学校の同級生となると、「ごめん、誰だっけ?」と言い出しかねない場面が、ヒヤリとあるはずである。

すなわち、「微妙」であるということは、極めて重要なことなのだなぁ、と感じた一日だった。

まだ、つづくYO。

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微妙という事

東京への出張の日。

ぐっと冷え込んだ日曜日の早朝、

不覚にも、店の駐車場に薄っすらと張った氷に滑ってしまい、今までにない体勢の転倒をしてしまった。

衝撃の瞬間、なんか、左の足首から

「ムッ」

って音がした。ような気がした。

私は、あまりの痛さに地べたに四つん這いになって、にわかに起き上がることができなかった。

また悪いことに、その駐車場では丁度、お客さんが一人、自動販売機で何かを買おうとしていた。

その人は、予期せぬ私の転倒ぶりを目撃したのにもかかわらず、自動販売機で何かを買った後、そそくさと立ち去った。

それは、激しい痛みの中で、私は惨めなようで、逆にありがたいような「微妙」な気持ちにさせた。

というのも、仮に、その人が私に駆け寄って、

「大丈夫ですか?」と尋ねたりする。

私の答えは、多分、一つであろう。

「だ、だ、大丈夫です」

しかし、ひょっとしたら、あまりの痛さと朝の寒さで口がまわらず、

大丈夫でしゅ」とか

だいしょーぶ」とか、言ってしまうかもしれない。

それは、変な転倒を見られてしまった以上に恥ずかしい。

では、「大丈夫ではありません」と応えた場合、逆に面倒くさい事になりかねない。

何しろ、自分の家の前なのである。遠方の見知らぬ土地での出来事ではない。

すぐに這いつくばってでも、家人を呼べばいい事なのであるが、

所詮、氷に滑って転んだ、という、トホホな出来事なので、逆に赤の他人に介入されると、

とっても恥ずかしいし、かえって面倒くさい。

つまり、その、ナンチュウカ、大人って難しいチュウカねェ、キミィ、ソノね、ワカルカナー、この雰囲気ちゅうかね。

つまりね、「微妙」とは、そういう概念ではないだろうか?

まぁね、それはともかく、歩いて駅まで行くことが困難になった訳で、電車に間に合わないので、とりあえず、最寄の駅まで、家人から車で送ってもらって、左足引きずりながら、東京に向いました。

つづく。

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2006年10月29日 (日)

人はどのようにしてプロ野球球団を好きになるのか~特に私の場合の一考察~

小学校3年生の時、北海道へ旅行することになった。

父親と私と、私の知人の父子の4人で行く予定だったらしいが、急に私の父親が仕事の都合でいけなくなってしまったので、父の知人親子に私が便乗するという形の旅行になった。

「そういう事になったから」と父親に言われ、だったら別に私は無理に行かなくてもいいなと思っていたが、とりあえず、まぁ、どういう形であれ北海道に行けるというので「ああ、そうですか」という感じで、父の知人親子に水を差す格好になってしまったが、それでも旅行に連れて行ってもらった。

今思えば、私は以外にサバサバした小学生だったのだろう。

父親がそのように勝手に決めてきた旅行に、母親は大層反対した。

「可哀想だ。だったら、親の都合が付くときに改めて行けばよい」

私も現在では人の親。当時の母の気持ちは十分にわかる。私も同じような状況ならばそういうふうに言うかもしれない。

「大丈夫、大丈夫」父はあくまでもそう押し切った。

母は、仕方なく承諾した。

母は、その旅行に際し、自分も仕事で父の代わりに付いていくことが出来ないという、もどかしさから、もし迷子になってもすぐにわかるようにと、私にオレンジ色の野球帽を買ってくれた。

それが、当時の日ハムの野球帽だった。

ドギツイ、ベネトンばりのオレンジの原色の野球帽。

横文字で「Fighters」と刺繍されていた。

「YG」とか「YS」とか「CD」といった、一見どういう意味かわからない帽子より、シンプルに「Fighters」と刺繍されたデザインは衝撃的に格好よかった。

特に小学生だった私にとって、その球団の親会社が新聞社というのも、なんかピンとこなかったし、新潟には私鉄がないため、電鉄系の球団もなじみが薄く一体それがなんの会社か理解するのも容易ではなかった。

それよりも、当時、自分の家が食料品を扱っていた商店だったために、「日ハム」という響きに「ああ、ハムとかソーセージを作っている会社か~」と、身近に感じた唯一の球団であった。

初めての北海道旅行に、日本ハムの野球帽。

それは、偶然なのか、必然なのか? (つづく)

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2006年7月 9日 (日)

恐怖心と欲望について

どうでもいい事なのだが、高い場所が全くダメである。

下を見下ろした瞬間、相当にビビる。

そもそも、高いところから下を見下ろして「怖い」と思うことは、本能の一つであり、正確には高所恐怖症とは言わないらしい。むしろ、下を見下ろしても全く平気な方がよっぽど病的らしい。

私の場合、すこぶるビビることは確かであり、足の裏がむずかゆくなるというか、足ががくがくしてしまい、見事なまでのチキンハートぶりを露呈する自信はある。

それはテレビのような二次元的世界でも同じで、高いところから見下ろすような場面などは、相当にヤバイ。足の裏や背中がぞわっとする、なんとも気色の悪い感覚を覚える。

しかしながら、城の天守閣に登り、城下を一望した時には、本当は怖いくせに、何故か

「予は満足じゃ」

とか、言ってしまうし、東京に行って、高いビルなどに登り、国会議事堂なんかが眼下に見えようものなら、

「日本の中心はオレのものだ」

などとわけのわからないことを言ってしまう。

恐怖心と支配欲が交錯する瞬間。

まぁ、それはそれとして、ここ一週間ほど、うちのすぐそばに立っている鉄塔のメンテナンスをおこなっている。

あんな数十メートルもあるような高い鉄塔の上で、電線にまたがったりして、毎日5~6人の男達が作業をしている。

悪いことにその鉄塔と、うちの店が立地している場所の高低差の関係で、実に良く作業風景が見える。

特に駐車場から道路に出るときには、左右確認のために嫌がおうにも、視界にその作業風景が入ってくる。

Tetto_1

キャー、目の前の、あ、あ、あんな数十メートルも高いところに、ひ、ひ、人がい、居るっっ~、キャー!!

と、それだけでも私の心中は相当にヤバイのに、電線なんかの上に人がいたりするので、見るだけで気を失いそうになる。

とにかく早く終わってくれることをひたすらに願っているのだが、そこの作業員の親方みたいな人が、うちで八海山を買っていってくれるので、もう少し長く作業していてほしいとも思うのだが、その反面、やはり私としては、その風景を見る度に精神衛生上、極めてヤバイのであって、毎日見るだけで、寿命が縮むような思いをしている訳で・・・。

私にとっては、ある意味、商売に命をかけるとは、こういうことなのかもしれない。

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2006年4月 8日 (土)

生きるちゅうこと

F邸のあるじ氏のブログに「死に様占い」の結果が紹介されている。

それに触発されたわけではないが、前々より「家族」のための私自身の生命保険を検討中である。

私の家系はガンで死亡または、ガンによる手術をしている者が多い。
なので、その血筋を引いているとなると、私としては、

「絶対にガンになる自信がある」

とまでは言わないが、不慮の事故を除けば、死亡の原因とすれば恐らくそれに近いものであろうと今から覚悟している。

なので、ガンで入院したときの入院保障は、日額一万円などといったチンケな金額では、はっきりいって足りない。

更に死亡保障額。
多いほど、家族のためにはいいのかもしれないが、月々の保険料の私の支払い能力の問題。

結局のところ、生命保険に関しては、自分の人生設計がなければならないわけだが、しかしなぁ、キミ、ナンチュウカ、思うに人間を構成する物質がだね、ナンチュウカ即ち、水、タンパク質などなど、それぞれ物質の単品として考えるとだね、多分私の体自体、一万円でおつりがくるはずなのだがね。

例えば、体内を巡る水分、体の大半を占めるとしても、まぁ、ミネラルウォーターに換算しても、相当大した金額ではない。

とするならば、病気になった時や死んだ時のことを考えると、アレだな、人間、生きるちゅうことは、随分と金がかかるもんだなぁ、と思う。

そう思わないかい?

とりあえず、死亡保障額については、あてにされると困るのでヨメさんには内緒にしておこう。

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2006年3月12日 (日)

雪が降りました

今日、雪が降った。

昨日は、ぽかぽかの陽気で、「もう春だね」ってのんきな会話をしていたのだが、まるで、冷や水をぶっかけられたような、時間が一ヶ月戻ったみたいな、そんな天気であった。

最初、雪はちらちらと降っていた。というより舞っていた。
三月に舞い散る雪はいとをかしきものであるなぁ、と叙情的な感じだったが、思ったより結構降って、道路はばちゃばちゃのぐちゃぐちゃになってしまった。

Yuki4_1 湯田上温泉・末廣館の前にて

で、話は変わるが、昨日、岡田幹彦先生の歴史講演会に行ってきた。

日露戦争での乃木希典、特に旅順攻防を中心に、私たちが本来尊敬すべき、身近な祖先と祖国・日本の話。
っていうか、乃木希典だけで講演時間が終わってしまった。

「坂の上の雲」だけでは、どうしても乃木希典は「愚将」という感をもってしまうが、決してそうではないということ。なるほどなぁと思った。

司馬作品は物語であると同時に、実は結構、私のような読者にとっては歴史の勉強の場だったりするので、そのまま無批判に読み続けていると、知らず知らずのうちに司馬史観にずっぽり浸かってしまったりする。

だからと言って、司馬遼太郎は読んではいけないのか、とかそういう訳ではない。
「坂の上の雲」に登場する人物は、皆、誰もが日本という国をおもい、日本という国のために、ぎりぎりの尽力をする。

正に「愛国心」こそ、我々が最も忘れているもの、そして、決して忘れてはいけないものだと思う。

だから、これからは、もし私の前に「自虐史観」にどっぷり浸かっている人がいたら、徹底的にいじめて泣かしてやろうと思います。

それはともかく、この岡田先生、講演の冒頭で、会場となった場所に雪が全く積もっていないので、「雪国」らしくないので、ちょっとがっかりしたらしい。

気持ちはわかる。

せっかく、新潟に来たんだからさぁ、こう、一面にしんしんと雪が降っててさ、昼間でもちょっと薄暗くてさ、簑笠かぶって、カンジキ履いた爺さんなんかが道端歩いててさ、そいで、すれ違う女の人はみんな色白の美人なんだよな。
そいで、

「いやいや、新潟の人はきれいな人が多いですなぁ。やっぱり雪国は違うねぇ。それとも、いつも日本酒飲んでいるから、肌がきれいなのかねぇ。ガッハッハッハハ」

って感じに、まぁ、かなりの私の妄想だが、そんな会話の一つでもしたかったのだろう。

たぶん、先生と同じ立場なら、私も同感だと思う。
とかく、「地方」には、自分勝手なイメージをはめ込んでいるものだ。しかし、実際に現地に行ってみたら、そんな身勝手なイメージが壊れてしまうこと、私はこれは、ある意味旅行者をがっかりさせ、その身勝手な「夢」を壊すことと同義であると思う。

だから、我々地方に暮らす人間は、それぞれ風土にあった「田舎度」と他者から身勝手に抱かれる「イメージ」を損なわず、むしろ、努めて、身勝手な期待に応えられる度量を持ちたいものである。

という訳で、とりあえず、ちょっと「雪」を揃えてみました。

Hyoudou 兵藤ゆき

Yukisao 由紀さおり

Moriyuki 森 雪(宇宙戦艦ヤマト)

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2006年2月22日 (水)

「きかんしゃトーマス」小考 最終回

前回なんとなく、「きかんしゃトーマス」は、トップハム・ハット卿 対 機関車トーマスたち、即ち「資本家」対「労働者」の構図を匂わせてしまったが、今日的な解釈ではないのではないか?
と密かに気になってしまい、もっとトップハム・ハット卿の立場になって、総合的に考えた方がいいのかなって反省してみた。

「トップハム・ハット卿」とグーグルで検索してみたら、こんなサイトを発見した。

http://blogs.dion.ne.jp/duke/archives/819492.html

それによると、トーマスの生まれ故郷・大英帝国の「きかんしゃトーマス」のオフィシャルサイトには、トップハム・ハット卿は、こんな風に紹介されているそうである。

・「卿」の敬称が付いているが、「Lord」ではなく「Sir」である。
・鉄道会社の経営者である。
・トップハム・ハット卿は一技術者から今の地位まで登りつめた。
・彼の鉄道産業への功績が認められて、ナイトの地位を授与された。

トップハム・ハット卿はやはり、経営者なのである。
「ソドー島」という、恐らく「中央」ではなく、ある地方の鉄道会社の経営者なのだ。

また、番組中、採掘した石炭を機関車たちが運ぶ場面が随所に見られるので、恐らく、炭鉱なども経営しているんだと思う。
そうすると、そこから電力、鉄鋼、セメントなどの重工業や、多分、金融などといった分野にも進出しているのではないかと想像できる。


そう云う風に、トップハム・ハット卿を見ていたら、ものすごーく、誰かに似ている気がする。いや、その人、本人というよりも、その人の家系に、ものすごーく似ている気がする。

それは誰か?

Aso 私は「麻生太郎」外務大臣だと思う。

九州という一地方から、石炭産業から成り上がり、財閥を形成し、鉄道や電力、セメント、金融などといった幅広い事業を展開して大富豪となった、あの「麻生財閥」である。

だから、トップハム・ハット卿は彼の家、即ち財閥の鉄道事業の「一技師」としてとりあえず入社し、云わば、予定的に代表取締役までいくことができたのだ。その点、麻生セメントの社長だった麻生太郎大臣と似ている。

時代的にも、一技師として入社したトップハム・ハット卿の上司や同僚は、かなりやりにくかっただろうな、と同情を禁じえない。

更に、国王から称号を与えられていることからも、政界や皇室との繋がりもかなり匂う。
多分、トップハム・ハット卿には、麻生太郎大臣同様に吉田茂や三笠宮殿下のような、すごい親戚たちが取り巻いているのだろう。

結論。

「トップハム・ハット卿家」と「麻生太郎家」は、きわどく共通項がある。

なんだ、そういう事だったのか、そう思ったら、何か胸につっかえていたものが、スッーと下りた気持ちになった。

もう私は、「きかんしゃトーマス」を不思議な番組とは思わない。
これで、安心して子供とビデオが見れる。

そして次の内閣総理大臣は麻生太郎がいいなぁとも思う。

今後「きかんしゃトーマス」は話のネタに詰まったら、トップハム・ハット卿の政界進出あたりをネタにすれば、オトナも楽しめて、まだまだいけると思う。

まぁ、私はとりえず、あとは、子供とトーマスのビデオを見る時は、炭鉱のシーンで、「強制労働」が行われていないか監視するばかりである。 

なんちって

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2006年2月20日 (月)

「きかんしゃトーマス」小考 2

なぜ私は「きかんしゃトーマス」を観て、後味の悪さを感じるのだろうか?

年末からずっと考えていたのだが、それは多分、登場人物に問題があるのではないか?と考えてみた。

では、誰に問題があるのか?

それは「トップハム・ハット卿」だと私は思う。

Top_1 

「きかんしゃトーマス」は架空の島、ソドー島鉄道で繰り広げられるお話だ。

ここに登場する、トーマスをはじめとする蒸気機関車、重機などといった「乗物」は全て人格をもっている。
その乗物をトップで仕切っているのが、トップハム・ハット卿である。

日本での著作使用権をもつソニー・クリエイティブ プロダクツの公式ホームページによれば、

トップハム・ハット卿は、

「若い頃鉄道の技師としてソドー島へやって来て、今はソドー鉄道の局長」

という身分だそうだ。

技師から局長クラスに昇進していることから、言わば「叩き上げ」の人物であることが推測される。

局長ということは、その上に経営責任者の存在があるのだが、とりあえずはソドー島鉄道内の実質管理運営責任者のNO,1なのだろう。

従って、ソドー島鉄道では彼に誰も逆らうことができない。
だから、彼が番組内で登場すると他の登場人物との

「労使関係」が極めて鮮明になる。

即ち、彼の人物設定そのものが大人の世界のようで、
その存在自体が「生々し過ぎる」のだ。

労働の現場において、彼だけがシルクハットにタキシード姿である。
彼に助言や意見は誰もすることはできない。

全てがトップダウンだ。
まるで、バブル期の堤義明氏がリゾート開発の現場を視察しているかのような光景を想起させる。

また、今後の技術の進歩による設備投資の如何によっては、蒸気機関車の廃車などといった案件も、恐らく彼の意思決定に委ねられるのだろう。

更に番組内では蒸気機関車と一緒に「ディーゼル機関車」も数多く登場しており、次世代技術を眼前にしている蒸気機関車たちの今後の立場が非常に案じられる。

今のところ職場環境は平穏のようだが、トーマスたちは労働組合の結成、組織、運営し、使用者との団体交渉を中心とした関係を築くべき時がきていると思う。

恐らく、この番組の時代設定は19世紀中頃から20世紀初頭だ。
マルクスを読んでいるやつは必ずいるはずだ。

トーマスたちよ、団結せよ

つづく

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2006年2月19日 (日)

「きかんしゃトーマス」小考

年末から正月にかけて、子供と一緒に「きかんしゃトーマス」のビデオをみた。

Tomasu

最初はヨメさんが、次は帰省していた私の弟がレンタルビデオ屋で借りてきた。

はじめてマジマジと観たのだが、

「不思議な子供番組だな」と思った。

一話一話終わるたびに、なんか、こう、スッキリしないと云うか、違和感が残るというか、まるで、残尿感にも似た、なんとも云えない、「ひっかかり」のようなものを感じた。

仕事を終え、晩酌をしている時、

子供が「トーマス観る」

と、せがむので、酒を飲みながら、一緒にビデオを観ながら、
「この違和感は一体、何なのだろう?」とずっと考えていた。

「なんでだろう?」と思いながら一杯。

「不思議だな」と思いながら、また一杯と疑問に思えば思うほど盃が重なった。

その結果、ついつい飲みすぎてしまい、居間で酔いつぶれてマグロ状態で寝てしまい、嫁さんに、「だらしがない」と叱咤され、不快感を露わにされた。

母親や子供にも、明らかに不快感をもった目で呆れられた。

肩身が狭くなった。

でも私としては、「きかんしゃトーマス」について、真剣に考えていたからこそ、ついつい飲みすぎてしまったのであり、それは『思索』あるいは『探究』の結果なのである。

と云いたかったが、あえて云わなかった。というか、云えなかった。

とりあえず「きかんしゃトーマス」は難しい番組だ。

つづく

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