新聞、雑誌はよく読むべきだ

先日、あるビジネスコンサルトの先生が、

「酒業界の人は、新聞や雑誌などを読む時に、業界に関係する記事ばかり読んで、その他の業界の記事まで関心をもって読む人が大変少ないようだ。

だから、酒業界の人は、視野が狭いのだ。

新聞、雑誌などは、広告記事まで読まなければいけない」

と、仰っていた。

それは何も酒業界に限ったことではないが、確かにその通りだと思った。

特に広告記事などは、コピーライティングのいい参考になる。

それでも、新聞一誌を読み込むには、ある程度のまとまった時間が必要だ。

私が新聞を読むのは、大体、朝食時か昼食時のどちらかである。

いづれも短い時間で、2~3誌に目を通すが、ほとんど流し読みで、更にご飯を食べながら、テレビを見ながらの、同時進行なので熟読はしていない。

つまり、見てはいるが、覚えていない事の方が多いと思う。

折角、目を通しているのに、やはりこういう読み方はもったいない。

もっと意識を変えなければならないなぁ、と少し反省をした。

そんなことを思いながら、新聞を見ていたら、

先日の1月20日付けの、日本経済新聞の全面広告欄がすごい事になっていた。

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拡大すると、

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「ホモね・・・圧巻の絵葉書コレクションを、なんと6,800円で」

いや~、参った。

ゴッホとモネの並び位置によって、非常に際どい絵葉書コレクションになってしまう危険性。

ひょっとして、コンサルタントの先生が言っていたのは、こういうことなのか?

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海でのはなし

嫁さんが、子供を連れて実家に行ってしまった。

とうとう、一人ぼっちになってしまった。

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昨晩だけ・・・・。

本当は、子供達だけ、嫁さんの実家にお泊りに行く予定だったが、

当日になって、やっぱり、嫁さんも実家に泊まることにしたらしい。

自分も実家に泊まるのあれば、私にもっと早くそのことを言ってほしかった。

なぜならば、私の羽根の伸ばし方が違うから。

大空に翼をひろげ、飛んで行きたかった・・・。

しかし、どっちみち、この連休明けまでに、やっつけなければならない作業があるので、

ここは地味に作業に徹するしかない、と思っていた。

それでも、

「折角だから、レンタルビデオの一つでも借りてきてもいいんじゃないか?」

「映画の1本くらいは、観た方がいいんじゃないか?」

「映画を観るのは、感性を養うことにもなるぞ」

「少し息抜きした方が、作業の効率も上がるぞ」

という、もう一人の自分自身があまりにも熱心に言うものだから、

仕方なく、TUTAYAでDVDを2本借りてきてしまった。

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「海でのはなし」(リトル・モア)は、静かで小さな物語。

吹野 楓(ふきの かえで:宮﨑あおい)と日比野博士(ひびの ひろし:西島秀俊)を主人公に、スピッツの曲と共に、物語が進行する。

スピッツのプロモーションビデオかと、間違えそうな映画である。

博士(ひろし:西島秀俊)は、大学の「非常勤講師」なのに、勤務先の大学には自分の研究室がある。

「非常勤講師」なのに、自動車も所有している。

大学の非常勤講師って、そんなに給料高かったっけ?

博士の研究室に自由に出入りする、楓(かえで:宮﨑あおい)も、大学生のようだが、大学に行っている様子もない。

何か、とても「あいまい」な中で、物語は展開する。

ある日、楓(宮﨑あおい)は、自分の父親が浮気をして、愛人がいるのではないかと疑う。

しかし、母親の告白によって、実は、愛人は楓の母親の方で、父親には本妻と本当の家庭があることを知ってしまう。

楓(宮﨑あおい)は、自分が愛人の子ということに衝撃を受ける。

博士(西島秀俊)の両親も、なかなかだらしがない。

父親は株取引で失敗したり、新規の事業に次々に手を出しては失敗する。

母親は何故か、借金返済のためパチンコ通い。家の中も散らかっている。

細かいことは抜きにして、いずれにしても、真夜中の海辺での二人の語りが重要である。

若い男女というのは、何か悩みがあったら、夜の海辺で語り合うのが一番いいかもしれない。

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2本目は「カムイ外伝」(松竹)。

「海でのはなし」の主人公・楓(宮﨑あおい)は、自分が「愛人の子」という出生で悩むが、

かたや、「カムイ外伝」の主人公「カムイ(松山ケンイチ)」は、何と言っても「非人」の子である。

レベルが違う。

当たり前の事ながら、それぞれの生き様は対照的。

追われても追われても、生き抜こうとするカムイは強烈だ。

後で知ったが、原作者の白土三平先生は、千葉県内房にある海辺の小さな漁師町にお住まいとのこと。

こちらも、海辺で「カムイ伝 第三部」の構想中かもしれない。

とりあえず、海辺というのは、物語をするのにふさわしい場所なのかもしれない。

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神は細部に宿る

今年2010年は、偉大な音楽家である、

フレデリック・ショパンの生誕200年記念にあたる。

Chopin

敬老の日が近いこともあり、ショパンの生誕200年を記念して、市の職員がショパン家を訪問したところ、

家族が頑なに面会を拒絶したことから、

同職員が不審に思い警察に通報したところ、フレデリック・ショパン氏は1849年に既に死亡していたことが明らかになったいう。

今年、日本では、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の影響もあって、龍馬ブームである。

坂本龍馬は、天保6年(1836年)生まれ。

キリが悪いが、今年は坂本龍馬生誕174年の記念の年である。

本当に生きているかどうか?

家族が年金の不正受給をしているのではないか?と心配していたが、

先日、日本名門酒会の全国大会に行ったら、高知・司牡丹酒造の社長になっていた。

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幕末、坂本龍馬は「才谷梅太郎」という変名を使っていたが、

平成になり「竹村昭彦」という名前を使っているようだ。

御年174歳になっても、メーカーブースでの商品説明の他に、約20分ミニセミナーの講師を当日2回こなすなど精力的であった。

さすがに、小さい字は見えにくく、老眼鏡が必要なようだが、元気なお姿を拝見することができた。

このような格好を、一方で冷笑する輩もいるようだが、

私は、司牡丹竹村龍馬を大いに見習うべきであり、強烈に支持したい。

このような格好をするという事が、経営者手腕と必ずしも一致しないかもしれないが、

少なくても、強い意志を感じ取ることができる。

中小企業が学ぶべき姿の一つであると思う。

ちなみに、司牡丹・竹村龍馬は着物を着て髷をしているだけでなく、

ミニセミナーに登壇する時にも、ちゃんと大小の刀を持ってくるし、懐には坂本龍馬同様にスミス&ウエッソンのピストルを忍ばせている。

するなら、そのようなディテールにも、こだわらなければならないのだ。

「神は細部に宿る」とは正にこのことである。

髪の方は、頭部への宿りがちょっと後退しているが・・・。

大変失礼いたしました。

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アンパンマン 小考 2

やはり、いちいち、大人の視点からツッコミを入れるのは、極めて詮無き事だと思った。

そういう見方をするのは、実に容易いが、果たしてそれが大人の楽しみ方なのだろうか?

と、自問してみた。

子供は、私のあぐらの中に座って、アンパンマンを黙って真剣に観ている。

私が妻に、これは、あーだこーだ、これはどうなっているのか?などと問うと、

それはね、こうこうこうなのよ。

と、即答する。

私は、なるほどね、と言いつつ、酒を飲む。

でも、アンパンマンの大人の楽しみ方は一体何なのだろか?と再び考える。

恐らく、これではないかと思う。

原作者である、やなせたかし氏は、フレーベル館のホームページで、

「アンパンマンをかきはじめてから約30年になります。最初はおとなを対象にしたメルヘンとしてかいていました。(中略)この本を認めたのは4歳、5歳の幼児です。いつのまにか人気者になり、本当に静かに作者もまったく気がつかないうちに全国的にひろがっていきました。本当に不思議です。」

と語っている。

つまり、最初の思惑とは、全く別の方向でヒットしてしまったため、対象年齢を下げて、今後の物語の展開をするにあたって、かなりの齟齬や矛盾点を内包せざるを得なかったという事情を見てとれる。

であるならば、そこらへんの事情を斟酌し、同じ社会の大人からすれば、

そのような矛盾点や齟齬に対して整合性をつけるための、後講釈すなわち、言い訳に、

そうきたか!と、腑に落ちる展開を楽しむべきではなかろうか。

すなわち、後講釈が如何に面白いか。

そんな風に思う。


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アンパンマン 小考

次男と一緒に、「アンパンマン」のDVDを見た。

あぐらの中に子供を座らせて、昨日から飲み始めた普通酒をコップになみなみと注いで、ちびちびと飲みながら鑑賞した。

さらりとした口当たりと、きれいな伸びと、透明感のある味わい。

かつてブームを引き起こした、典型的かつ、模範的な、往年の新潟の「淡麗辛口」タイプと言える。

面倒くさい理屈や主義を抜きにして、これはこれで、いい酒だなぁ

って、

あれ?ここの酒ってそんなに良かったっけ?

と、思いつつも、普段大して気にもしていなかった、アンパンマンについて、酔ったついでに、ちょっと考えてみた。

小麦粉が値上がりしているから、ジャムおじさんのところも、やっぱり値上げせざるを得ないだろう。

そういえば、ジャムおじさんの工房で、パンを買っている人を見たことがないんだが、ここは店売りしていないのか?卸専門か?」

と言った、いやらしい大人のツッコミを、妻に念仏を唱えるかのように尋ねると、

さすがに、子供と何回も見ている事もあり、それはこうこうこうで、こうなっている、といった、要約された答えが返ってきた。

その答えを聞いて、私は、私なりに、ということは、アンパンマンの世界では、物々交換で経済が動いているのだな、ということを確信した。

「なるほどね」

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つづく

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酒の陣が近づいてきました

今月半ばに開催される、「新潟・酒の陣」に向けて、各方面で盛り上がってきてるな~、という感じである。

特に、本日発売の新潟の地方雑誌「WEEK」の特集は、「おいしい日本酒教えます」。

新潟市を中心とした若手酒販店4人による、新潟清酒のオススメのお酒の特集。

その読み手の受け取り方は、様々であると思う。

いろいろな立場があるからね。

しかし、酒の陣の開催が近いから特集が組まれるのではなく、(まぁ、その表現方法は別として)、こういうのは常態化して然るべきだと、改めて感じた。

この雑誌は、いわゆる「若者(20~30代)」を対象としたものだ。

雑誌に影響されても、なんでもいいから、まずはこれを機会に是非飲んでみてほしいと思う。

アル添してるからどうのとか、純米がなんちゃらかんちゃらとかいう、理屈で日本酒を難しくする以前の事だ。

まずは、「リアルに、日本酒飲んでみようかなって感じ」と思ってもらって、

「結構、うまいもんだと思いましたよ、リアルに」。

って、感じてもらえれば、リアルにうれしく思います。

ところで、なんで最近の若者は「リアルに」って言うんでしょうか?

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オマケについて

2月も、アッという間に終わろうとしている。

デモデモデーモ、今年は閏年で、一日おまけ。

なんか、得した気分である。

今日、店頭の自動販売機で缶コーヒーを1本買ったはずなのに、

取り出し口を見ると、なんと2本あった。

実は、うちの店頭のコカコーラの販売機は、当たり付き機能を作動させている。

しかし、当たったこと示す、表示も音声もでない。

当たった時は勝手に、ガタンっと音を立てて、買ったものと同じものが出てくる。

一応、「当たり付きです」という表示を張ってはあるのだが、以外にそれに気づいている人は少ない。

中には、当たったのにもかかわらず、その無言のサービスに気持ち悪がって、持っていかない人もいるし、急いでいる人は、2本目が出てくる前に立ち去ってしまう。

多分、そういう訳で、1本取り残されていたのだろう。

しかし、そうなると実はかえって厄介なのである。

こういうご時世である。

次に、その自動販売機で買った人は、取り出し口に残っている缶コーヒーを見て、大概、「不審な1本」と感じるだろう。

当たりという幸運のおまけの1本が、不審な1本に反転。

世の中は難しい。

そんなことを考えながら、缶コーヒーを飲んでいたら、ついでに、

明日、一日おまけの、4年に一度の2月29日だが、この日に生まれた人の誕生日は4年に一回なのか?

いや、常識的には3月1日のカウントだろうな。

でも、社会生活上、不合理なことも多々あるだろうなぁ、なんて、どうでもいい事を思ってしまった。

ちょっと、気になって、2月29日が誕生日の人を調べてしまった。

やはり、いるんだなぁ。世の中は広いなぁ。

大野 耐一 氏(1912年2月29日) !

トヨタ生産方式の産み親でも、自分の誕生日まではカイゼンできませんな。

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悪意はないが

ようやく、私専用のデジカメを購入した。

今までは、ヨメさんのデジカメを借りていた。

というか、正確にはですね、

そのデジカメは私が金を出したのに、

何故かヨメさんのもの

そのデジカメは私が金を出して買ったのに

何故かヨメさんに「借して下さい」と頼む。

「お前のモノはオレのモノ。オレのモノはオレのモノ」

という、まるで、ジャイアンとのび太の関係だった。

オレ専用を購入したことで、どうも腑に落ちなかったものが、スッキリした。

但し、オリンパスのかなりの安い手のヤツである。

大したものを撮るわけでもないし、私はこれでいいのである。

なんか、社会人になって初めて、自分の金で自動車を買ったような、懐かしい気持ち。

愛着がわく。

けど、車と同じで、一回でもこすったり、ぶつけたりすると、もう、どうでもよくなるだなぁ、これが。

まぁ、それはともかく、このデジカメで人を撮ると、悪意はないのだが

被写体の人が、なぜかへんちくりんな顔に写ってしまう。

フツーに撮っているのに、相手の顔は予期せぬ、不細工顔

私自身も、「あなた、普段こんな変な顔してないよね」と逐一フォローを入れなければいけないほどなのである。

このデジカメで、学生時代の同窓会や、酒の会やら50枚以上を撮っているのだが、

相手が怒らない範囲でお渡しできる写真が、数えるほどしかない。

そんなつもりではないのに・・・。摩訶不思議である。

被写体が悪いとは口が裂けても言えない。

私はこれでも、自称、名カメラマンである。

第一子が生まれた時、キャノンの一眼レフを買った。

これでもか、と子供を撮りまくって腕を磨いたはずだ。

私の腕が悪いのか、デジカメが悪いのか?

やはり、ニコンやキャノンには敵わないのか、オリンパスよ。

まぁ、なんでもいいけどさ。

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微妙ということ 2

2月17日、東京マラソンの日、私は明らかに捻挫したと思われる左足を引きずり、トボトボと歩き、予定をこなした。

私はまるで、最終のトラックの福士加代子のようだった・・・・。

いや、そんな感じだったような、まぁ、そこまで壮絶でもなかった訳なんですけど、気持ちの問題ですから。

なんとなくね、まぁそういうことでね、そういう感じの状況だったと、言う事にしておいた方がありがたい、みたいな感じです。

午前中、お得意様の米寿のお祝のご挨拶。

午後より、学生時代の同級会を兼ねた、恩師の古希のお祝。

ほぼ、十年ぶりに恩師と再会。そして、オレ様ご学友にも再会。

しかし、思うのだが、大学時代の友人は年齢的にも比較的、その形態の変化が「微妙」なため、顔を見た時に、すんなりと邂逅できる(註1)。

(註1)仮に、頭部毛髪に変化が観察されたとしても、それは学生時代より、暗黙の内に、同級生のほぼ全員が、その兆候を予見しているために、「必然性」として、差して驚くべきではない。

ある意味、お互いに助かる場面である。

けれども、小学校~中学校の同級生となると、「ごめん、誰だっけ?」と言い出しかねない場面が、ヒヤリとあるはずである。

すなわち、「微妙」であるということは、極めて重要なことなのだなぁ、と感じた一日だった。

まだ、つづくYO。

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微妙という事

東京への出張の日。

ぐっと冷え込んだ日曜日の早朝、

不覚にも、店の駐車場に薄っすらと張った氷に滑ってしまい、今までにない体勢の転倒をしてしまった。

衝撃の瞬間、なんか、左の足首から

「ムッ」

って音がした。ような気がした。

私は、あまりの痛さに地べたに四つん這いになって、にわかに起き上がることができなかった。

また悪いことに、その駐車場では丁度、お客さんが一人、自動販売機で何かを買おうとしていた。

その人は、予期せぬ私の転倒ぶりを目撃したのにもかかわらず、自動販売機で何かを買った後、そそくさと立ち去った。

それは、激しい痛みの中で、私は惨めなようで、逆にありがたいような「微妙」な気持ちにさせた。

というのも、仮に、その人が私に駆け寄って、

「大丈夫ですか?」と尋ねたりする。

私の答えは、多分、一つであろう。

「だ、だ、大丈夫です」

しかし、ひょっとしたら、あまりの痛さと朝の寒さで口がまわらず、

大丈夫でしゅ」とか

だいしょーぶ」とか、言ってしまうかもしれない。

それは、変な転倒を見られてしまった以上に恥ずかしい。

では、「大丈夫ではありません」と応えた場合、逆に面倒くさい事になりかねない。

何しろ、自分の家の前なのである。遠方の見知らぬ土地での出来事ではない。

すぐに這いつくばってでも、家人を呼べばいい事なのであるが、

所詮、氷に滑って転んだ、という、トホホな出来事なので、逆に赤の他人に介入されると、

とっても恥ずかしいし、かえって面倒くさい。

つまり、その、ナンチュウカ、大人って難しいチュウカねェ、キミィ、ソノね、ワカルカナー、この雰囲気ちゅうかね。

つまりね、「微妙」とは、そういう概念ではないだろうか?

まぁね、それはともかく、歩いて駅まで行くことが困難になった訳で、電車に間に合わないので、とりあえず、最寄の駅まで、家人から車で送ってもらって、左足引きずりながら、東京に向いました。

つづく。

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