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2016年8月

神社の清掃作業

早朝、


店舗の裏にある、諏訪神社の清掃作業だった。


初めて参加した。


大人10人ほどで敷地内を、竹ほうきで落ち葉などを掃き集めたのだが、

小さな神社なので、ものの15分ほどで終了してしまった。

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建物内の神前の方は、氏子会の人が拭き掃除をし、私は回廊をほうきで掃いた。


ふと、気づくと、木製の「ちり取り」が、思いの他、年代物であった。

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「昭和 参拾壱年 拾壱月拾壱日 神社用ニ作製」

昭和31年(1956年) 11月11日 神社用に作製。

多分、氏子の誰かが作った、ちり取りなのだろう。

私が生まれるずっと前の制作である。

敗戦後10年も経っていない。


ちなみに、下の写真は、昭和28年頃(1953年)の当店の様子。

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大体、こんな時代に作製された「ちり取り」です。

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村祐酒造「高村桂」


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あの人たちに久々に会いました

昨日、久々に、


懐かしい人たちにお会いした。



とても、久しぶりだったので、一瞬びっくりした。



伊藤君は野口君の後ろにいたので、


最初は気づかなかったし、


聖徳太子は、樋口さんの後ろにいたので、同じように気が付かなかった。




閉店した時、レジを精算中の出来事だった。

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聖徳太子は、随分とくたびれていたが、

若い樋口さんに負けずに、まだまだ現役である。


やっぱり、聖徳太子の紙幣は、貫禄があって、ありがたみがあるな~。

伊藤君も、元老だし、幕末の動乱を生き抜いただけあって、いい感じだ。



久しぶりに今度は、岩倉君や板垣君にも会いたいね。

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村祐酒造 常盤松 大吟醸生原酒

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成増地区とのスポーツ児童交流

毎年開催されている、東京都板橋区成増地区と田上町の少年野球の交流事業だった


一年ごとに、2泊3日の日程で、交互に行ったり来たりしている。

今年は、成増地区の皆さんを、田上町にお迎えする年であった。

これは、町の事業なので、基本的には町役場の職員の方が全てを取り仕切ってくれるものだが、

こちらの少年野球チームとしても、何もしない訳ではなく、いろいろとお手伝いをしなければならない。


私は今年、2日目の夜の保護者、行政の職員同士の大人の懇親会で、

ただ酒を飲んできただけだが、

来年はそうもいかない事情になった。


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なぜなら、この日、


来期の田上ベースボールクラブの父母会長になったからだ。



実は、自分から立候補した。


私は、サービス業なので基本的には、土日は仕事であり、

日曜日に休む従業員がいるため、原則的には、日曜日は休みではない。


しかしながら、長男の時から数えると、メンバーの中で私が誰よりも長く在籍している。


幸い、来れない時をフォローしてくれる副会長がいるので、

そういう訳で、手を挙げさせてもらった次第だ。

******

懇親会では、成増地区の担当職員の方や先方のチームの指導者の方といろいろとお話をさせていただいた。

東京であろうと、新潟の田舎の田上町であろうと、

少年野球に係わる事情は、どこも同じような課題や事情を抱えていることが、

新鮮な驚きであった。


要するに、事の大小や地域の事情や形態の差異があっても、


「構造的」には抱えていることは同じということである。


なるほどな~、


と、感心しつつ、約30分くらい歩いて家に帰ってきたら、3時過ぎだった。


そこから、カップラーメンを食べて風呂に入って寝たが、翌朝は完全に寝坊した。




****

あっ、そうそう、一応忘れないように書いておくと、


懇親会の時、うちのY田監督が挨拶の中で、

町職員の前にして、

「今年は、料理の質が落ちている」

「予算が減らされているじゃないか」


と、はっきり指摘したのは秀逸であった。


やはり、はるばる来ていただいた成増の方をおもてなしするのには、

「これはないだろう?」

という意であろうかと思うが、


実は、役場側からすれば、既に夕食は食べているんだから、夜はそんなにいらないよね?

的な事情があったのはわかる。


しかし、懇親会から参加した私のような者には、本当に食べるものはなかったし、

ないならないなりに、

工夫するのが、


「OMOTENASI」


というものであろう。


うちのY田監督が言いたかったのは、そういう事だと思って気を悪くしないでほしい。



その一方で、それを真に受けて、


成増地区のセンター長が、

「来年はがんばります!」


と、「思わず言ってしまった」

とは、忘れない内に「証拠」として、ここに書き留めておこう。


一応、私は「焼肉」をリクエストしておいたが、

今思うと、

センター長殿は、割と話せる御仁とお見受けしたので、

「2人に1人あたりの割合で、コンパニオンも付けてくれ」って言っておけばよかったかな~、

と、若干後悔している。


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寝坊しちゃったから、お見送りの画像無し。




夏ももうすぐ終わるな。


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豊醇無盡たかちよ うすにごり生

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第38回 全国中学校軟式野球大会を観にいきました(2)

球場の入り口に、折りたたみの会議用テーブルを出して、

女子中学生2人が「大会要項」の冊子を販売していた。



私は、中学生の大会だし、てっきり無料で配布されているものだと思い、



「早くもらわないと無くなってしまう!」


と、慌ててそこに駆け寄った。

「一部下さい!」

「千円です」


「えっ?千円?」

「千円です」


ここで、女子中学生を前に買わずに去るというのも、

なんかかっこ悪いので、あくまでも普通な感じで


「あっ、そ、千円ね」


と、千円札を出したら、財布からレシートまでゴソッと落ち出てしまい、


それをそそくさと拾う姿も、無料と勘違いした時と同様に恥ずかしかった。


やはり、仕事をさぼって、野球など観に行ってはいけない。


*****

全国大会なので、当然ながら、ここらへんの近郷の中学生とは雲泥と言わざるを得ない。

レギラーの選手は、みんな体も大きいし、上手な子ばかりだ。

スタンドの保護者の応援も狂っているくらいすごい。




冊子の内容の中には、チーム紹介や学校紹介があるのだが、

その中で、私が特に目がひかれたのが、

うちの愚息が通う中学校と同じ「公立」で、同じくらいの「全校生徒数の規模」の野球部が散見されたことだ。

ほぼ同じ規模の公立中学校で、方や全国大会出場する野球部と、方やぎりぎり9人の野球部。


確かに、その地域における他のスポーツとの選択肢の数にもよると思うが、


それでもね・・・。


こういう発見ができたということが、私にとっては冊子代金、千円の価値ということになった。

まぁ、野球をやるのは子供達なのだが、

彼らがより上位の大会に勝ち進んで遠くの会場に試合に行くのは、

金はかかるが、それでもやっぱり行ってほしいものだ。

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たけのこと豚肉のカレー

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第38回 全国中学校軟式野球大会を観にいきました(1)


第38回 全国中学校軟式野球大会


今年は、わが新潟県が開催地である。



全国の皆様が、こんな異様に暑い新潟県にお越しくださるという事は、

それなりの経済効果もあるに違いない。


一新潟県民として、御礼申し上げます。

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新潟市内を中心とした球場に加え、三条市にある三条パール金属スタジアム

も、その会場となっている。

なので、配達のついでに少し足を伸ばして、

一試合だけ観戦してきた。


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*******

長男が地元の公立中学校の一年生で、野球部に入っている。


部員数、たった9人。


一人でも欠けたら試合が出来ないという本当に小さなチームだ。

場合によっては、存亡の危機に瀕しているという見方もできるかもしれない。


小さなチームとなれば、その醍醐味は、


「小よく大を制す」時であろう。


小さなものが大きなものを倒す。


その時の感動は、きっとプライスレスだ。

ということで、


やっぱり、全国大会なんだから、観に行かなきゃ!

つづく

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川遊び、鮎、八木ヶ鼻とキャッチボール

8月の定休日、


旧・下田村のO柳さんのところへ、家族で遊びに行ってきた。

O柳さんは、昨年の秋に長男の少年野球で周辺市町村での合同チームを組んで以来、懇意にさせてもらっている。

O柳さんには、夜勤明けにもかかわらず、川遊びをさせてもらったり、鮎をご馳走になったり、

随分とお世話になり、楽しい時間を過ごさせてもらった。


*********


五十嵐川上流域での川遊び。

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ビビリの長男も、O柳さんのご指導で、飛び込みができるようになった。


私も久々に川で泳いだ。


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対岸の岩場で待つO柳さんに、チビッ子を引っ張っていったのだが、

子供達は浮き輪をしているからいいが、私は服を着て普通の靴を履いて泳いでいるため、重いのなんの。



結構、流れもあり、


ぶっちゃけ、



半分流されかけて、死ぬかと思った。




再び、岸に辿りついた時には、「生還」するというのはこういうことかと、

生きていることに感謝したくらいだ。


******

その後は、O柳邸に移動し、ブルーベリーやら鮎をご馳走になった。

O柳邸は、

「にいがた景勝百選」にも選ばれている五十嵐川上流にそそり立つ約200メートルの岩壁「八木ヶ鼻」が見える河岸段丘上に位置する、素晴らしいロケーションだ。

信濃川の支流である五十嵐川上流域は、豊かな土地であり、

数万年前より文化と文化の交流点でもある。

八木ヶ鼻周辺には、数多くの旧石器時代から縄紋時代にかけての遺跡があり、

その石器や土器などから、西日本と東日本の文化が出会う場所であったことがわかっている。

恐らくは、旧石器時代から人々は、この八木ヶ鼻を一つの目印として目指してきたものと思われる。

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そういう訳で、私としては、ここら辺にも遺跡があるんじゃないかと思い、

子供達がブルーベリー摘みをしている間、周辺の畑で表面採取を試みたが、

何も見当たらなかった。


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夕暮れ時、

炭火でじっくり焼いた鮎を食べ、八木ヶ鼻を見ながら、

中学一年の長男同士のキャッチボールを眺める。


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随分と暗くなってきたし、

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結構、飲んだし食べた。

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O柳家の皆様、大変お世話になりました。




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ちなみに、私達の手土産は、やっぱり

たけのこ汁






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盆が終わりました

お盆が終わった。


今年は、11日(木)が祝日、12日(金)、13日(土)、14日(日)という日にちであったが、


12日、13日は仕事というところも結構あったようで、


世間様の中でも、まとまったお盆休みがあった人とそうでない人が、割と拮抗していたようだ。


私の商売的には、流通業の問屋関係は14日(日)のみ休みで、あとは営業していた。


また、まとまった休みがなかったため、帰省も若干少なかったのだろうか?

お盆休みに行うような同級会っぽいのが少なかったように思う。




私個人的には、昨年、中学の野球部の同級生と飲んだ際、

来年もやろうと、みんな言っていたように思ったが、

東京にいるT中君がどうも帰省していないことや幹事役のH野君も仕事らしいという事もあり、なんとなく流れてしまったみたいだ。



*****


8月15日。


酒問屋関係は、昨日14日だけ休んで、今日から営業。


昨年、書いたことがある空瓶の引き取り業者である、「ぽんちゃん」のところも15日から営業開始である。





ずっと、タイミングが合わなかったのだが、久々にぽんちゃんと言葉を交わした。



ご苦労様ですと、声を掛けると、


ぽんちゃんが唐突に私に話しかけてきた。




「ま、ま、まだ、工場とかは、盆休みだね」



「えっ?」



「いっつも、ある車がない。あの人、休み。工場休み。」



*****

なるほどね。


私は、ぽんちゃんに感心した。






つまり、



ぽんちゃん達が空瓶を回収にくるのは、月曜日の朝のほぼ決まった時間帯である。

その時間帯に来ると、必ず、工場にお勤めと思われる作業服を来た人が、

うちの自販機で、缶コーヒーを買っているところに遭遇する。



ぽんちゃんは、それをよく憶えていた。




ところが、お盆開けの15日、



ぽんちゃん達は、月曜日のほぼ決まった時間にやってきたが、



その人はいなかった。



従って、ぽんちゃんは、工場関係は、まだお休みであると、結論づけたのだ。



*****

確かに、毎週同じ時間に遭遇する人が、たった一回いなかったから、そのような結論を出すというのは、

極めて拙攻だと思われるが、


しかし、定点観測から、導きだされた「仮説」とするならば、どうだろうか?

つまり、ぽんちゃんは、

パターン化された日常の中で、知らず知らずの内に「定点観測」をしており、

自分なりの仮説を立てながら、世の中を見ているのだ。




ぶっちゃけ、



世間的には、ぽんちゃんは「薄弱」である。




しかし、彼は彼なりに、ある種の「科学的思考」で世界を見ているのだ。



やはり、「観察は科学の基本」なのだと思う。





今日は、ぽんちゃんの言動に感心したが、

それでも相変わらず、

ぽんちゃんは、

隣の駐車場から、I沢さん家の敷地に向かって、立ち小便をしていった。


これは、恐らく何年も続いている、彼の「ルーティン」なのだが、


それは、あまり感心はできない。


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たけのこと豚肉のトマト煮

中高年はトマトを食べなさい

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先週末の出来事など

連日、暑い。


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この暑さが終わると、あっと言う間に秋になって冬になる。

そう思うと、暑いのは苦しいが、

すぐに終わってほしくはない気もする。

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******

先週末の土曜日は、小学校のPTA行事の親子宿泊体験。

幹事役員の人には、本当に申し訳ないことだが、

今年は、私はいろいろと事情があって、

ほとんど参加せず、「チラ見」のみ。

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それでも一応、

恒例の学校の校舎を使った「きもだめし」には、

遅れたがちょっと参加させていただいた。


今年は、蛇のおもちゃを用意し、蛇女に扮したつもりであったが、

思いの他、おもちゃの蛇に驚いてはくれず、

不発に終わった。


やはり、現・会長のS上君のように、十分に仕込まなければ、驚いてはくれないということであろう。

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お手伝いできずに、ちょっと悪いな、と思ったので、

お化け役のお父さんたち10人くらいに、アイスを買っていったのだが、

PTA担当の先生が、何を勘違いしたのか


「子供達にアイスの差し入れがあります」

と言ってしまったため、ちょっとした騒ぎになった。


幸い、今回は参加者が少なかったため、私が買ってきた分と、教務室の冷蔵庫の中にたまたまあったアイスで、なんとかその場を取り繕ったようだ。



やはり、物事ははっきりと伝えなければいけないな、と感じた。



******

その後は、少年野球チームの5年生以下のお父さん達で、監督を交え次年度の意見交換会の飲み会。


0時頃でお開きとしたが、

お会計をしたら、結構な金額になってしまった。

とりあえず、残っていた人で清算したのだが、

飲まなかった人や、途中で帰った人もいたので、

再計算をし直そうと思う。


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たけのこと豚肉とキノコのアヒージョ

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一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(3) 補足編

あとで、

ふと思ったので補足します。





諏訪大社下社春宮を訪れたのなら、

かの岡本太郎も絶賛したという、

万治の石仏(まんじのせきぶつ)を見なければならないだろう。

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下諏訪町観光協会のHPより引用要約すると、

建立は、万治3年(西暦1660年)。

1974年、たまたま諏訪大社の御柱祭を見学に来た岡本太郎や作家の新田次郎が感嘆したことから、一躍話題を呼び講演又は雑誌等で全国に紹介され知られる石仏となった。


そもそもは、明暦3年(1657年)、諏訪高島三代藩主忠晴が、

諏訪大社下社に遺石の大鳥居を奉納しようとした時、命を受けた石工がこの地にあった大きな石を用いようとノミを打ち入れたおり、はからずもその石から血が流れ出た。

驚き恐れた石工は大鳥居の造作を止め、あらためてこの不思議な石に阿弥陀様を刻み、

霊を納めながら建立された・・とされているのがこの石仏、とのことである。






ちなみに、万治の石仏は「安山岩」でできているという。


新潟県人からすると、

日本列島最大級の「黒耀石」の産出地である八ヶ岳に近いんだから、

ここはやはり「黒耀石」で造ってほしかったところだ。


やぼったい安山岩ではなく、黒く輝くガラス質の黒耀石でできた石仏ならば、ありがたみも増すところであろう。

ちなみに「黒耀石」の「耀」は、「曜」じゃなくて「耀」がふさわしいYO!

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もっと巨大な石仏かと思ったら、そうでもなかった。

周りはすぐに水田でのどかなでいい感じである。


******

さて、お土産で買った、真澄のワンカップ。

ガラス製ではなく、紙製である。

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何なに?


話の流れ的には、


ガラス質の黒耀石の最大級の産地のそばの八ヶ岳西麓に位置しながらも、



ガラスではなく紙なんですか?



と、からんではいけない。


ちゃんと、画像見ましたか?




ワンカップには、



「カップの内側に『なるほど・ザ信州』がかくされています。

お飲みになりながらお楽しみください。」

と書いてあるではありませんか。



いいですか。



「なるほど・ザ信州」ですよ。





故・愛川欽也になったつもりで、言ってみて下さいね。






「な~るほど・ザ・信州」

「一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(3) 補足編」



仕掛けとして、カップ内面に文字が印刷されており、

液体があるところは反射して見えないようになっている。

従って、飲んで減ったところから文字が現れる。

最初に開けた瞬間は、

「なんだ、何も書いてないじゃないか!」と一瞬「ムッ」とするが、

飲むごとに、文字が現れるので、何気に楽しい。


という、ことで、
ぐっと、一口、飲みました。


あっ!タイトルが出てきました。

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その下の液体が入っているところは文字が見えません。

一体、どんな構造になっているのでしょうか?


さぁ、飲み進みましょう。

あっ!

出てきました!

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「長野県の面積は日本で4番目に広い」









正に「なるほど・ザ・信州!一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(3) 補足編」!





更に、飲み進めます。











やっべ、












あっと言う間に、全部飲んでしまった。

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ちなみに、このカップは、通称「パールカップ」というらしい。


「パールカップ」と、「ファウルカップ」は発音が似ているなと、思いつつ、

確かに、液面が「パール(真珠)」のように輝いて見えたな、

と、そのネーミングの妙に感心させられる。

さすが、人口10万人あたり全国で一番、博物館の数が多いという、

標高も高いが、教育水準の高い長野県である。





しかし、このワンカップの仕掛けは面白いな~。



やはり、精密機器産業が集積している土地柄だけに、




セイコー(SEIKO:精巧)にできています。



















もう、寝ます。









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真澄 純米吟醸 生一本

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一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(3)

信州・諏訪観光は、さて置き、


家族で遠方より赴いた場合、最も懸念される事柄として、

「食事」の問題があろう。



「せっかくここまで来たんだから、その土地ならでの美味しいものを食べたいよね」




とは、誰もが思うことであろう。



特に、諏訪湖周辺については、

現地の人に聞いても、恐らく、諏訪大社近くのお蕎麦屋さんあたりが有力な候補となろう。




しかし、申し訳ないが、



私的には、「蕎麦か~」


と思ってしまう。

というのは、アレルギーとかそういうことではなくて、

小学生低学年以下の子供がいるため、

仮に、知らずにあまりに本格的なものを提供するお店に入った場合、

子供がそれを美味しいと思わない、



ということがあるからだ。



実際、私自身の話をすれば、

蕎麦が美味しいと思ったのは、随分と大人になってからだ。


しかも、ここは観光地。


観光地価格の蕎麦を食べて、子供は誰も喜んではくれない、





・・・という事態が予測されるならば、もっと別のことを考えましょ、


ということになるじゃないですか。






で、私が今回選んだ、昼食のお店は、



卸売市場の敷地の中にある食堂である。

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どうですか!


その名も、「市場食堂」。


そのまんまの店名ですよ!



店内の雰囲気としては、正に、新潟弁でいうとところの「しょっぺ」店である。


「しょっぺ」についての概念は、伊藤純氏の著作やサイトをご参照いただきたい。



昔の食堂のような雰囲気がいい。



どんな感じかというと、


山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」で、

網走刑務所から刑期を終えて出所した高倉健が、最初に立ち寄った食堂みたいな。

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そこで、高倉健は、ビールとラーメンとカツ丼を注文する。




私個人としては、「そんなに食えねーよ!」



と言いたいところではあるが、



刑務所の中では、相当制限された食事だったのだろう。

久々のビールを大事そうに飲み、そして勢いよくラーメンをすする高倉健。

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私個人としては、野菜も食べた方がいいんじゃね?



と言いたいところではあるが、それはそれで名シーンの一つだと思う。




そういう訳で、その市場食堂で注文したのは、

から揚げ定食、カツカレー、日替わりのジャージャー麺。

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結局、子供達が食べ残した定食を私が始末した訳で・・・。




結論。


うちの子は、「しょっぺ店」に連れてくるには、まだ早い。






が、夏休みの宿題の作文や絵日記のネタとしては、

原稿用紙10枚以上は軽く書けるし、絵日記にすればきっと巻物のようになるに違いない。


担任の先生が若くてかわいかったら、

連載もしくは、長編に仕上げてもいいんだけどな~。






ま、

そういうことで、

結果的に、有名な蕎麦屋に入っても、食堂に入っても子供たちは喜んではくれなかったが、

それでも、父親としての義務は果たしたズラ。


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真澄 純米生酒

すっきりして美味しいです。


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一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(2)

ところで、信州・諏訪といえば、


「真澄」だけではなく、


やはり「御柱祭」であろう。

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特に今年は7年に1度の、諏訪大社最大の神事である、その「御柱祭」の年である。


私が訪れた時には、すでに全日程は終了していたが、


その痕跡を、「真澄」の宮坂醸造の直売店で発見したので、

思わず買ってしまった。

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長野県内流通の、真澄のパック酒。

なんと、7年に一度、「御柱祭パッケージ」となるという。




つまり、このパッケージを次に見ることができるのは、あと7年後。


4年に一度のオリンピックよりも、ありがたい感じがする。




いや~、これは実に重要だ。


ということで、いつもお世話になっているE藤さんのお土産にしよう。


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このパック酒には英語表記もされており、

インバウンド向けのお土産としても、きちんと抜かりがない。



さすが、人口10万人あたりの博物館数では日本一という、

長野県民ならでは、賢さであると思う。

******


そして、信州・諏訪市と言えば、やっぱり、セイコーエプソンですよ。

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言うまでもなく、

長野県を代表する一流の会社あり、

セイコーグループ中核3社の一つでもある。

パソコンのプリンターから、プロジェクタ、パソコンといった情報関連機器やクォーツや半導体などの電子デバイス部品の製造を行っている上場企業である。


実は、

その創業者であり、現・セイコーエプソンの前身である大和工業の設立者は、

上諏訪駅のすぐ傍にある「山崎時計店」、

現在の「ヤマザキ」の創業者である「山崎久夫」氏である。



ここが、セイコーエプソンの発祥地ばい!

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私が訪れた日は、定休日であった。



一緒に行った家族にとっては、

だから何が面白いのか?

さっぱりわからかったようだが、

私にとっては、きちんとした観光名所である。







だが、一つだけ言っておかなければならないことがある。











それは、










うちで、使っているプリンターは、


全て、キャノンとOKIです









ごめんね、エプソン。



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真澄 特撰 本醸造


それと、先回書き忘れたが、

蔵内は、那須・総杜氏から案内していただきました。

ありがとうございました。

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一身上の都合で諏訪湖へ行ってきました(1)

一身上の都合で、信州・諏訪湖へ行ってきた。








諏訪湖周辺には、数多くの銘醸蔵があるが、

私的には、やはり「真澄」である。



なぜ、私的に「真澄」かというと、


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実は、学生時代、アルバイト先の会社で、


短大卒で入社した事務員の女の人が「ますみ」という名前で、




私は、ますみちゃんのことが、密かに、ちょっと好きで、



その事を察したアルバイト先の男の先輩と、

一回だけ、


ますみちゃんとその友達の4人で、

「ろばた焼き」みたいな居酒屋に飲みに行ったことがあるのだが、

結局、私が飲み過ぎて、吐いてしまって強制送還となってしまった。






あの時、飲んだのは、確か「真澄」ではなく、






大関とか白鶴だったな?







新潟出身というだけで、ひたすらに日本酒の冷酒を飲まされたっけ・・・。







今、ますみちゃん、どこで、何にしてるかな?



ますみちゃんのこと、結構、好きだったんだけどな~。


あの頃は、携帯電話どころか、ポケベルさえ持っていなかったし、







もしも今、偶然に会ったとしても、


ますみちゃん、きっと、オレのことなんて憶えていないだろうな・・・。








あの時、Nさんと一緒に飲んで、本厚木駅前でゲロしたアルバイトの者だけど憶えてる?












きっと、結婚して、今頃、幸せに暮らしているんだろうな・・・。





*****


という、



昔、好きだった人の名前が「ますみ」だったから、


「真澄」が一押しという訳ではなく、

一応、きちんとした「取引先」ということで、家族で蔵見学をさせていただいた。





事前に営業の方にお話をしていたが、社長まで出てきて、びっくりした。



さすがに、社長を前にして、「ウケ狙い」で、


昔、アルバイト先で、ちょっと好きだった事務員の女性の名前が「ますみ」だったから、見学に来ましたとは言えなかった。

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つづく

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田上町ふるさと納税の返礼品にエントリーしました

私の住む町も、いよいよ「ふるさと納税」に力を入れ始めた。

その「返礼品」のエントリーに手を挙げさせてもらった。


自社オリジナル商品(プライベートブランド商品)をいくつか持っているので、それを掲載させていただく予定である。


その商品群の中に、日本酒や焼酎、リキュールといった「酒類」もあるのだが、

酒税に係わることなので、念のため、税務署に問い合わせたところ、


結果は「不可」。



「不可」の理由は、いろいろあり、現段階ではここでは記載できない。



しかし、改めて思ったのは、

酒類は「酒税」という枠組みの中にいる以上は、

消費の発展の余地は限られるということだ。



*****

かつては、我が国においては、「酒税」「たばこ税」は重要な財源であった。

特に、日露戦争の戦費においては「酒税」「たばこ税」が大きな割合を占めたと記憶している。


酒やたばこからの税収が重要な財源になるためには、

人口が増え、若者が「坂の上の雲」を仰ぎ見る国家であることが条件であることは、

歴史が証明している。


人口の減少とともに、アルコールの消費量は減り、国家財政における酒税の位置は相当に低下している。


あくまでも、私見であるが、

特に、いわゆる「國酒」と言われる「清酒」「本格焼酎」の類は、もはや「酒税」の枠組みから外れ、

「農産加工品」としての枠組みで、然るべき税金をかければいいのではないかと思う。


我が国の酒類が、世界で発展するコンテンツになるためには、

そもそも税金をとる仕組みにあらかじめ組み込まれてしまった「酒税」から離脱し、

農産加工品として生きるべきなのではなかろうか、と思う。

*****

とりあえず、

法に従った言い分とはいえ、

対応して「下さった」酒類指導官の方は、相当に「高圧的」であった。

全国にも、こういったお役人様がたくさんいるんだろうな~。


Tagamikantakenokojiru

今、東日本で一番美味しい たけのこ汁














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