梅酒をつくりました 1
三ヶ月も放置してしまいました。
おかげ様で、学生アルバイトも入りまして、少しは時間ができましたので、
ようやく再開させていただきます。
こうして、かなりの空白期間をつくってしまうのは、私の悪い行動の一つだが、
昔から、私と同じような行動をしていた御仁がいることを最近発見した。
今から500年くらい昔、鷲尾隆康(わしのおたかやす)いう公家さんがいた。
『二水記』の作者である。
この人は、文亀4年(1504年)、20歳の春に日記をつけようと思い立ち、
頑張って書いたが、何も書けない日もあり、根気が続かず、2年も経たないうちに挫折してしまう。
ところが、その11年後、33歳になった隆康は一念発起して再び日記を真面目に書き続けた。
そして、隆康は49歳の時、
「昨日の行水で風邪をひいたようで、ちょっと熱っぽい」と書き記した、
わずか11日後この世を去った。
(※山田邦明『全集 日本の歴史 第8巻 「戦国の活力」』 小学館 2008年 より要約抜粋)
まぁ、11年間も書かなかったのだから、私が3ヶ月間ブログを更新しなかったくらい、
大した事ではない。
そして、「歴史に学んだのさ」とか、「先人に従ったまで」などと、
自己を正当化するための言い訳も沢山出てきて、俄然やる気が出てきた。
そういう訳で、今日は梅酒つくりをしました。
昨年は、「八海山 しぼりたて原酒」と「越乃景虎 純米しぼりたて」をベースに、地元の「越の梅」を漬けてみた。
自家製「八海山梅酒」と「景虎梅酒」は、初めてにしては、自己評価で70点くらいであろうか。
今年は、昨年の至らなかった部分を元に4種類の日本酒で梅酒をつくることにした。
昨年、梅を分けてもらった地元の農家さんに、自家製「八海山梅酒」と「景虎梅酒」を持参し、物々交換で、「紅さし梅」を入手した。
本来ならば、地元で圧倒的に多い「越の梅」品種を使うところだが、ここは人と同じことをしたくないという心理が働き、今年は「紅さし梅」を選択。
今日は、自家製「鶴齢の梅酒」の仕込みをした。
使用したのは、鶴齢「平野屋」本醸造しぼりたて。
アルコール度数 19~20度。
所用時間わずか10分足らず。
匠の技で、あっという間に仕込み終了。
保管は15度設定の、店の酒の保管庫。
今年はあと、3本仕込む予定です。
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