いろいろとあったので

いろいろあって、約50日間、沈黙していた。

この間に様々なことがあったし、書きたいこともたくさんあったが、

敢えて沈黙を貫くことに決めた。

語ることができないので、ただただ沈黙していた。

そして、一つの区切りを迎えたので、更新を再開しようと思う。

********

9月11日。

東京へ行った帰りに、乗り換えの長岡駅内のフードコートで、

新潟のソウルフードである「イタリアン」を食す。

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新潟で、「イタリアン」を提供する店舗は、「みかづき」と「フレンド」の二大ローカルチェーン店。

新潟県をあえて地球に見立てるならば、

北半球(新潟)は「みかづき」、

南半球(長岡)は「フレンド」という会社が棲み分けて存在し、「イタリアン」を提供している。

しかし、同じ「イタリアン」と呼称する両者の商品は一見、同じように見えるが、実は若干違っている。

まず、食べる前に気づくのが、その提供のスタイルだ。

みかづき(新潟)のイタリアンは「フォーク」が付くが、
フレンド(長岡)のイタリアンには「箸」が付く。

だからなんだ?

と言われると困るが、

ともかく、太麺焼きそばの上にミートソース情のものがぶっかけてあるという、

ジャンク感というか、なんと言うか、

味わい的に、結局のところは、

食べた後の「満足感」に到達しえない物足りないチープな味わいたまらない。

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豊醇無盡たかちよ ハロウィン feat. SAKAZUKIN 生原酒

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町Pドッジボール大会

北海道で大変な地震があった。

ほんの1ヶ月前に防災体験で、地震体験車で震度6を体感したばかりなので

もの凄い地震だったのだと、ただひたすらに驚くばかりだ。

*********

そんな中、

土曜日は、町内にある2つの小学校と、1つの中学校の3校のPTAで組織されている、

通称「町P」主催の小学校対抗のドッジボール大会だった。

少年野球で言えば、9月以降の土日祝日は、

ほぼローカル大会に参加するため、

試合に出場する高学年は、なかなか、こういう行事には参加することができない。

今回は3年生以下の子達で、

小学2年生の私の末っ子と、同じ学年のY田監督の末っ子の「おバカコンビ」と、

3年生の子が参加した。

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*****

私は子供送り迎えだけだったが、

保護者であるY田監督のかわりに高校3年生のご長男が、

保護者の代わりで子供の面倒をみたり、親の部のドッチボールに参加してくれた。

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高校3年生の彼は、

今、中学3年生になるうちの長男が、小学2年生の秋に田上ベースボールクラブに入団した時に、最初に面倒をみてくれた優しいナイスガイだ。

大学へ進学予定だが、是非、野球の素晴らしい指導者になってほしいものだ。

****

ドッジボール大会の戦利品は、ジュースやおやつに加えて、ティッシュボックス。

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丁度、我が家のティッシュボックスが切れており、大量にあるポケットティッシュを代用していた。

末っ子は、

「このティッシュボックスがあれば、家族みんなが助かるから、今日は参加して良かった」

と、小学2年生のくせに随分泣かせることを言う。


ティッシュボックスさえ買ってあげられない情けないお父さんでごめんね。

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越の誉 雪の中にて寝かせたお酒 純米酒

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台風一過

週の初めの火曜日の夕方。

台風21号の影響で、すごい風だった。

そんな中、燕三条駅近くで
取引先の飲食店さんが、約100人を収容できる宴会場を増築し、そのオープン前のレセプション。

うちはメインの出入り業者ではないので、

正直なところ、「MUST」ではないのだが、後学のために出席してきた。

この地域は1~2年で、基幹病院が新設されたりイオンが移転してきたりと、目覚ましい発展をする場所であることから、攻めの設備投資と言えよう。

この日は、全く飲まずにノンアルコールビール。

強風の中、車を運転して帰って来た。


*******

翌日、店の隣にある柿の木の枝の一部がぽっきりと折れていた。

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聞くところによれば、湯田上温泉でも夜に倒木があって大変だったらしい。

しかし、関西空港が冠水し3000人が孤立したり、西日本では死傷者がでるというものすごい被害状況からみれば、これでも新潟は軽微な影響だったんだな、と実感する。


*****

「ひやおろし」や「秋の酒」が、入荷しはじめた。

平成最後の夏は、今までにない暑さで、ビール系飲料(第3系含む)を今までになく飲んだ気がする。


日に日に、涼しくなるのであれば、いよいよ、日本酒の出番だろう。

ところで、秋になると、コオロギが一瞬、ゴキブリに見えて、ギョッとするのは私だけだろうか?

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麒麟山 秋酒 純米

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中学校の運動会

9月最初の日曜日は、長男、次男が通う地元の中学校の運動会だった。

本当は、土曜日の開催であったが雨のために翌日の日曜日に順延となった。

このため、小学校のPTA幹事を中心に出場予定だった、町民ソフトボール大会を棄権し、

中学校の運動会の観戦となった。

実は、初めて中学校の運動会を見に行った。 午前中の全員リレーだけを見た。

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小学校と違い、子供が大きくなるとそういう行事はあまり観にいかないものかと思っていたら、

結構、みんな行っているものだ。

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大半の中学生は、今時の体系というか、「シュッ」としてスマートな感じだが、

うちの長男だけが、ずっとキャッチャーをしていたからか、私の家系なのか、

なんか一人だけ、体型がガチっとしていて、走るのも大して速くなく、

一昔前の昭和の中学生みたいな体格のように感じた。

平成も最後だが、うちは未だに昭和か~。

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越乃景虎 越淡麗 純米吟醸

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今年こそ

8月31日。

決算のため、総出で棚卸。

今年は、年明けからの豪雪や猛暑などの異常気象や、

取引先のイレギュラーな諸事情があったりと、

経営的には、厳しい一年間だったと感じている。

***

私にとっては、9月1日からが実質的な一年のはじまりである。

今年こそ!

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たかちよ パープルラベル うすにごり活性生

 

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夏の終わりは「さよなら」がよく似合う

8月30日。

気がついたら、早生品種の稲刈りが始まっていた。

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夏も終わりだ。

「さよなら夏の日」。

いよいよ、からし色のシャツを追いながら電車に飛び乗る「September」がやってくる。

今週は、ずっと雨が降ったり止んだりという、すっきりとしない天候が続いている。

あまり意識していなかったが、19時頃になると日が暮れて結構と暗くなっていた。

*****

本日、第27回高野旗争奪町民野球大会の2回戦。

大人のチームに混ざって、田上中学校の野球部も参戦している。

2回戦の相手は、田上町に工場の一つがある航空・宇宙機器、防衛機器、医療機器など精密部品の超精密機械加工~組立などを手掛ける会社のチーム。

ほぼ20代から30代前半の体格のいい野球経験者のみで構成されている強豪である。

昨年もこの大会で当たって、勝てなかった。

***

時折、小雨が降る中のナイター試合。



5-2で、相手に3点をリードされて迎えた最終回。

中学校野球部の顧問の代打で出た小学校教員のツーベースヒットからはじまり2点返して、5-4。

そして、何だかんだでツーアウト満塁。

最終回の中頃に降り始めた雨が次第に強くなった。

傘がなければ、びしょ濡れになるくらいの雨足だ。

最後の希望をつないだ3年生の6番打者は、いい当たりだったが、

ほぼセンター真正面のライナー。

誰もが「終わった」と思った瞬間、


センターがまさかの落球。

結局、サヨナラで勝ってしまった。

ラッキーとしか言いようがないが、とりあえずうれしい。

ただ、その時の様子を、スマホで撮影しようと思ったが、雨に濡れるのが嫌で、

何もしなかった自分自身にちょっと後悔。


いずれにしても、夏の終わりは、「さよなら」がよく似合う。

さようなら、平成最後の夏。

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8月後半の土日は

8月後半の土日は、飲み会が続く。

この8月最後の土日も飲み会だった。

土曜日。

朝、5時30分より、地区の鎮守様であるお宮様の清掃。

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*******

その夜、

かつて、うちの店でアルバイトをしてくれたS君とT君と久々に飲んだ。

正確には、「君」付けではなく、呼び捨てだが・・・。

そう言えば、彼らが学校を卒業して社会人になってから、こうして3人で飲むのは初めてだ。

私が翌日の日曜日に町の消防演習があったり、

少年野球の慰労会の準備などがあって忙しいということで、

18時頃始めて21時頃には帰るつもりであったが、結局、終電近くになってしまった。

ここでは書けないが、2次会で行った店では、私がなぜかIT企業の社長ということで、

いろいろと面白かった。

*****

翌日の日曜日は、年2回の夏の消防演習。

通常点検の指揮者が、私の所属分団長だったため、

これだけ参加して帰らせてもらった。

午前中はそのまま、「青梅氷り」の最終工程作業と、少年野球の慰労会の準備。


お昼からの慰労会は、当初はBBQの予定だったため、

食材を切るだけでよかったのだが、

急に天候が悪化する予報に変わったため、急きょBBQ以外のものを用意することになり、結構大変だった。

この日は、慰労会を通じてみんなが集まったところで、

監督、コーチのヒヤリングの下、新・キャプテン決めと、

アルコールの力を借りて、新・父母会長決め。

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*****

私は既に、次男の時に父母会長をしているので、その対象ではない。

この年はたまたま、新体制の学年の人数が多く、良識ある保護者の方ばかりなので、

誰が父母会長になっても遜色はなかったのだが、「既定路線」で納まるところに納まった感じだ。

一方、子供達の方は、うちの三男が2人枠の副キャプテンの内の一人に納まった。

三男の性格的に私の中では、ちょっと意外な感じだった。

****

町に唯一の、この少年野球チームは、

現在、中学三年生になる長男が小学校2年生の秋から入団させてもらって、

次男、三男、四男と兄弟そろって、なんだかんだで約7年間ずっとお世話になっている。

わが子達の野球に関しては、

「妙な期待」は、現実問題としては一切していないので、

「学力」を「第一義」とした上で、

少年野球の楽しさそのままに、成人し生涯スポーツとしての野球を続けていってくれれば、私はそれで本望だと思っている。

慰労会の2次会で、半分寝そうになりながら、そんなことを思っていた。

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失敗の本質

結局、プラナリアを全滅させてしまった件で、

私が何とか三男の自由研究を、

「まとめさせなければならない」という雰囲気になってしまった。

要するに、
自由研究の内容としては、プラナリアを何等分かに切断し、

その再生の過程を観察する予定であったが、

実験一日目で、猛暑による水温の上昇で全てのプラナリアを全滅させてしまったわけだ。


再び捕獲するのも全くできないわけでもないのだが、

そこまで行くのにも、小学生がちょっと自転車で行ってくる距離でもないし、

私が仕事の合間に協力するとしても、割と時間がかかる。


******

という訳で、自由研究のまとめとしては、

『○○ということをしようと思って、

こういう風にやってみたけど、失敗しました。

失敗したのは、△△や□□が原因だと考えられます。

なぜらなば、●●は、・・・だからです。

なので、このような実験をする時には、

△△や□□に気を付けてチョメチョメしなければいけないことがわかりました』。


***

という内容を指南した。

「結果よりも過程が大事だよね!」

という教員の方のニーズにマッチした内容に、

私自身の方が「手ごたえ」のようなものを感じている。

ただ、まとめるのは三男だ。

多分、結局何が言いたいのか?

という、訳がわからないような内容になるであろう。

しかしながら、失敗してもそれを研究に転嫁するという方法論は、

今後、四男の時にも結構使えるんじゃないかと、ちょっと思った。

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end of 盆(2)

「身近に、こんな面白い生物がいますよ」

と大学生のS君が教えてくれたのは、

「プラナリア」だった。

切断しても再生するという不思議な生き物だ。


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「それいいね~!」


というと、簡単に捕れる方法と、たくさん捕れる場所を教えてくれた。


******

いろいろとあって、プラナリアを捕獲するのはお盆過ぎの、そのスポーツ交流会の後になってしまった。

その前に、私の実弟親子が帰省した際に、三男達を川遊びに連れて行ってくれたので、
その際に仕掛けをしたが、結局、捕獲することができなかった。

二学期が始まる一週間前にして、いよいよ切羽詰ってきたので、

S君に教えられたとおりの仕掛けを作って、然るべき場所へ向かった。

仕掛けは簡単だ。

500mlでも容量は何でもいいので、ペットボトルに「レバー」を入れて、水中に沈めるだけ。

レバーでなくても魚のワタでもいいらしいが、入手のし易さでは肉の方のレバーだろう。

レバーは、地元のY精肉店に行って、豚の新鮮なやつを入手して使った。

そして場所は、隣町との「峠」の途中にある鯉料理が有名なお店の前を流れる清流。

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お店の人に事情を話し、3~4時間ほどペットボトルを置かせてもらった。

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*****

実は、本当にこんなところで、そんな生物が採れるのだろうか?

と、イマイチ、納得していない自分自身がいたが、ここは教えてくれたS君を信じるしかない。

一応、念のために、小学校近くを流れる才歩川(さいかちがわ)の中流くらいにも同じ仕掛けを置いておいた。

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*****

お昼前に仕掛けて、夕方にペットボトルを引き上げたら、

この状態。

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オェ~、

こんなに、たくさんいらねーよ!



確かにS君の言うとおりだったが、捕れ過ぎだ。

そもそも、こんなきれいな水の中になんで、そんなにプラナリアがいるんでしょうか?

あまりに多いので、三男がビビッて触れなかったので、仕方なく私が水槽に移した。

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一方、才歩川の方は、ご覧のとおり一匹も入ってなかった。

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それは、外部環境なのか場所が悪かったのか、

それとも、レバーが苦手でカルビの方がよかったのか

はわからないが、

感覚的には水のきれいさや水温が関係しているような気がする。


****

その日の夜はいろいろあって、実験することができなかったので、

翌日、プラナリアが弱る前に切断することにした。

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最初は、居間で新聞紙を引いて、プラナリアをカッターで切断して、

ちょっとやってみたが、

そもそも、ご飯を食べる部屋でこんなことをことをしているのを見つかると、

家族に何を言われるかわからないので、

店の倉庫の入り口ですることにした。

とりあえず、一匹を4つにカッターで切断して、トレーに移して経過を見ることにした。

それが、午前中の話。

***

お昼を食べたら、いらないプラナリアを捕まえたところに帰しに行こうと話していた。

甲子園の準決勝の第二試合が始まり、テレビで3回裏あたりまで見て、

「じゃぁ、プラナリアを帰しにいくか」

と重い腰をあげたところ、

「プラナリアが白くなってみんな死んでる!」

と三男が慌てて駆け込んできた。

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恐らく、外に放置していたため、気温の上昇と共に水温が上がってしまったのが原因であろう。

ごめんね、プラナリア。

私が甲子園の準決勝を見るのと昼飯を食べるために放置してしまったため、

結果的に無益な殺生をしてしまった。

一応、無益な殺生が原因で、地獄に落ちるといけないので、

当初の予定通りに、捕まえた場所に行って、

亡骸を捨ててきた戻してきた。

そして、その帰りにすぐ傍にある鍾乳洞をちょっと見て帰って来たのだった。

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それはそれとして、

私は、こんなふうに事の顛末をテキトーな文章にしてしまえばいいが、

こんな結末になってしまって、三男は自由研究をどうやってまとめるんだろう?

あぁ、盆が終わったな。

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end of 盆(1)

小学生達の、学童野球の板橋区成増地区との2泊3日のスポーツ交流会が終わると、

8月もあとわずかだ。

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8月の終わりは、夏の終わり。

夏の終わりは、なぜか寂しい。

******

今年は、田上町が成増地区の学童チームを受け入れる年だった。

そのスポーツ交流会の2日目の夜に保護者同士の懇親会が催されるのだが、

今年は私は参加せずに、我が家からはみどりさんが参加した。

随分と盛り上がったらしく、なんと「朝帰り」をしてきた。

私としては、朝帰りをして、夜は在宅しないのなら、

最初からそう言ってもらえば、

私なりに夜の間に「いろいろな事」ができたのに!

と、若干、舌打ちをしそうになった。

*****

このスポーツ交流会が終わると、子供達は急に現実に引き戻される。

それは、夏休みの宿題だ。

特に、最も困難を極めるのが「自由研究」だ。

ドリルみたいなやつは、とりあえず「やっつけ」でなんとかなっても、自由研究はそういうわけにはいかない。

経験上、やはり自由研究をまともにやろうとすると、

夏休みに入る前からその構想を練らないと間に合わないと思う。

今、その「自由研究」をしなければいけないのは、小学5年生の三男だ。

もし私なら、兄である長男、次男が小学生の時にやった自由研究を「そのまま写す」か、

もしくは「肉づけ」して「それらしく」して提出する。

のが、一番楽な方法かと思うのだが、

実は、「そもそも論」として、

元々、長男、次男の小学生の時の自由研究が、

「本当にどうしようもない」

というクソ自由研究であるため、

パクることができないという情けない事実を、
受け入れざるを得ないという現実。

「科学的探究心のある子供」

に育て損なった私の責任と言えばそれまでなのだが・・・。

今の私なら、「夏の終わりはなぜ寂しいのか?」

というテーマで酒でも飲みながら語りたいところだが。

**

一応、「育てそこなった」責任を感じているので、

実は、そういうことも見越して、

8月上旬に帰省した筑波大学に進学した生物学系を専門としているE藤氏のご長男のS君に相談したら、

「身近に、こんな面白い生物がいますよ」と教えてくれた。

もしかしたら、これでいけるかも!?

つづく。

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プチ同級会

中学の時に同じ野球部で、今は実家を離れて神奈川県に住んでいるTが、

お盆に帰省したので、

急きょ、中学校の野球部だったメンバーで集まれる人だけで飲むことになった。

急な連絡にも係らず、私を含めて、何とか6人が集まった。

Tに対しては、みんな予定があるんだから帰ってくるつもりなら、早く言えよ!

と、みんな思っていたに違いない。

*****

お盆という時節柄、奥さんの実家に行ったり、兄弟が帰省したり、

みんなそれなりに家庭の事情があって、

自分だけ飲みに出るということに不都合があったに違いないが、

そこらへんは、同じ部活でお互いに性格もよく知っているため、なんとなく寛容だ。

***

みんな同じ歳にも係らず、それぞれの事情は様々だ。

Tは第1子が2歳になったばかりだが、

Yには、すでに2歳になる「孫」がいて、「じいちゃん」になってしまった。

Yは当時から「性」の最先端をいっていたため、結婚も早かったし子供も早かった。

ちなみに、そのYの末っ子は、中学3年生で、私の長男と同級生だ。

また、Nの末っ子と私の次男が同級生、Kの長女と私の三男が同級生。

みんな同じ町内に住んでいるので、子供達同士は小・中学校で一緒なので、お互い知っているんだろうが、父親同志はそんなことはほとんど知らなかった。

はっきり言って、男親は、母親と違って誰と誰が同級生とか、

そういったことに割と無頓着だ。

なので、今回はみんな改めて知った感じだ。

それにしても、みんな中学・高校の時の話をよく覚えているものだ。

とにかく面白かった。

昔の話がボロボロと掘り起こされ、爆笑爆笑の3時間だった。

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Kakusoujyun

鶴齢 爽醇 特別純米

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未来の選択

祭りが終わった翌日、中学3年生になる長男のオープン・スクールに参加してきた。

私が中学生の頃には、そんなのは全くなかった。

もし当時、そういうのがあったのなら、私も進学先をもっと考えたかもしれない。

進学先が変わったかもしれないということは、人生が変わったかもしれないということだ。

そういう意味では、今時の子は、本当に恵まれていると思う。

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**********

参加した学校は、新潟県唯一の国立の高等専門学校だ。

新潟の英雄の:一人、山本五十六元帥の地元。

市内を一望できる高台に位置する。

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最初に「オープン・スクール」と書いてしまったが、

高等教育機関なので、正確には「オープン・キャンパス」だ。

当時の自分自身を振り返る。

進学についての予備知識や、将来の展望とか何も考えていなかった。

正直なところ、何も考えずに、中学校の担任教諭から勧められるまま、

自宅から電車で15分の普通高校を選択してしまった。


****

あれから30年経って、自分の子供がその選択の岐路に立っている。

この「オープン・キャンパス」に参加して、

もしあの時、この学校に進学していれば、明らかに私の人生は変わった、

と自信をもって断言できる。

長男本人が「本心」からどう思っているかは定かではないが、

父親として、一零細商店の経営者として、

これからの日本の将来を俯瞰した時、

誰が何と言おうが、

この学校こそが、最良の選択だと確信した。

っていうか、本当のところは一番の要因は「家計」の問題なのだが・・・。

***

実は、私の実弟がここの卒業生だ。

なので、学生寮に入らなくても普通に自宅から通学できることが証明されているし、

何かあった時は、学校の近くには親戚もいるし、

何よりも、その学校の近くにあるW月酒店のW君に頼ってもいい。

私として、ここに実子が入学するのは、もはや「天命」だと勝手に思っている。

ここに入学してくれれば、それが最高の「親孝行」だと認識してほしい。

後は何も言わないから。

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PTA親子防災体験

隣市の夏祭りの開催日の午前中は、

地元の小学校のPTA行事の関係で、

「そうめん」を調理していた。

祭りは、15時までに車両を会場に入れればいいので、

12時までに帰宅して準備をすれば間に合うだろう。

***********

かつては、PTA行事で、夏休みに学校で親子でキャンプをするという

「親子宿泊体験」

という恒例行事であったが、

昨年から、宿泊はなくなり、「防災」をテーマとした行事になった。

お遊びでの宿泊者が減少したこともあるが、

私としては、「お遊び」から「防災」への、

極めて時流に沿った「コペルニクス的転回」

ともいえる、コンセプトチェンジに、

S上会長、W辺副会長を賞賛したいと思う。

今年は、なんと国交省から地震を体験できるヤツがきてくれた。

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折角なので、そうめんを茹でるお湯が沸く間に、

私(顧問)と、S上会長、T巻さんとW辺副会長のトップ3で、震度7を約100秒以上体験させてもらった。

震度7とは、

関東大震災、兵庫・淡路大震災、中越地震、中越沖地震、東日本大震災、熊本地震など、

歴史的な地震の震度だ。

私自身も、新潟で暮らしているのだが、中越、中越沖、東日本大震災の際には、

うちの方でも多少は揺れたが、その影響は、

せいぜい震度2~3位で、店の棚に並べてあった180mlのパック酒が一個落ちたくらいだ。

*****

このような施設というか設備で、

震度7の揺れを体験した際には、

かなりの「想像力」が必要だと感じた。

つまり、ただ単に自分のところが揺れているのでなく、

これだけの揺れが、100秒以上続いた時の影響力だ。

間違いなく、住宅は倒壊し、街は焦土と化す。

ただ単に、自分の家が激しく揺れてびっくりした、

という程度では、これを経験することにどれだけの意味があるのだろうか?

中越沖地震では、想定外の震度にもかかわらず、

柏崎・刈羽原発が津波に浸からずに、大きな事故にならなかったというのは、

凄い事だったんだなと感じた。

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夏祭り

夏祭りだ。

7月の最後の日曜日、29日は、田上夏まつり。

その週の土曜日、8月最初の土曜日は車で10分ほどの隣市の地区コミュニティの夏祭り。

商売柄、飲料、アルコール類の販売で、

田上夏まつりは、組合としての出店した。

次の隣市の夏祭りは個店として、初めて出店した。

今年は異常な天候で、雨の降る予報が全くないので、総じて飲料系に関しては強気の仕入れだったが、

田上夏祭りでは、強気になりきれないところがあった。

というのは、今年は全く雨が降らない酷暑が続いているのにもかかわらず、

この日に限って何故か「台風」が接近してきて、

夏祭り自体を中止するかもしれないという、異常な状況だった。

ところが、新潟に向かって北上していた台風が急に進路を変え、

東海方面に行ってしまったため、予定通りに祭りを開催することになった。

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要するに、寸前までやるか、やらないかで、すったもんだしたという、実に出店者泣かせの状況だった。

そういう訳で、強気になれなかった分、販売機会を喪失してしまった。

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祭りの内容については、販売で忙しく全く覚えていないが、

この日は、台風が逸れたとはいえ、風が若干強く、

そのため、司会の山田彩乃のスカートが強風で、時々まくれ上がりそうになったくらいしか記憶にない。

**********

という訳で、次の隣市での祭りでは、

強い気持ちで臨んだ。

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ハイエースのバンに満載に積んだペットボトルのジュースを前に、

高校生のアルバイトのT橋君には、

「これを全部売らないと、家に帰ることができないと思え」

と、不退転の決意を伝えた。

16時から21時までの短い祭りであったが、

とにかく忙しかった。

40半ばのおっさんと、18歳の男子高校生の二人が、

サントリーの角ハイボールの黄色いTシャツを着て、

ペットボトルのジュースとか、ハイボールとか缶ビールとかを、

汗だくで販売している姿は、どう見えていたのだろうか?

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決して美しい光景ではないかもしれないが、当事者としたら精一杯やらせてもらった感じだ。

結局、全部を売ることはできなかったが、約6割位を販売することができた。

そもそも、「10割」という目標自体が現実的ではないのだが、

やはり、目標は高い方がいいんじゃないかな、と中学生レベルに思ったり、

販売機会を喪失しないためには、それなりの在庫量を「現地」に持ち込むという、

初歩的なことを改めて実感した夏祭りだった。

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久保田 百寿・千寿・萬寿

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科学教室

今年の夏は異常だ。

連日の30℃越えの気温。

朝、7時半を過ぎると急激に暑くなる。

アクエリアスやポカリスウェットのようなスポーツ飲料は、メーカーの供給が追い付かずに、割り当てでの入荷だ。

*********

7月下旬。

夏休みに入った、3男と4男を連れて、隣市で開催されている科学教室のイベントに行ってきた。

毎年、大盛況のイベントだ。

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詳細はよくわからないが、

多分、田上町と加茂市の小中学校の理科教員と科学クラブみたいなところに所属している中学生や高校生がお手伝いに来て開催しているようだ。

******

私は、商業の世界で暮らしている人間で、どちらかと言えば「文系」の方なので、

今の時代は、ほぼコンプレックスに近い感情で「理系」に憧れるし、
歳をとって、涙腺が緩くなるかのように、「科学」や「テクノロジー」という言葉に対して平伏叩頭してしまう。

人口減少の社会においては、「テクノロジー」こそが問題解決の最大のツールだと、最近つくづく思う。

それは商業の世界においても同じだ。

という訳で、科学という甘い言葉に誘われて車で10分ほどの文化会館まで行ってきたのだった。

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肉離れに思う

先週の親子試合以来、

股関節と腿が微妙に痛いのが、ずっと続いている。

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恐らく、筋肉痛というよりも、肉離れをしていたんじゃないかと思う。

確実に、かつ不可逆的に、身体が衰えていることを実感する。


********

しかし、漸次的に身体は衰えていくとしても、

人生80年、

いや100年社会になろうとしている。

日本の社長の平均年齢は60歳位。

中小零細企業の社長の平均年齢は、70~80歳近くと言われている。

私は零細商店の経営者だ。

今のところ大きな病気はしていないし、

仮の話として、このまま、大病もせずに「順調」にいけば80歳近くまで生きるだろう。

しかし、仮に生きたとしても、

その時には、親子試合のようにバットも振ることはできないだろうし、

視力は落ち、髪の毛は抜け落ち、歯もほとんど残ってはいないだろう。

それでも性欲だけは一人前のエロじじいになれるほど、

甲斐性があるわけでもなく、間違いなく正真正銘のよぼよぼのじいちゃんになっているに違いない。

******

それでも、仮に、幸いにも頭だけははっきりとしていたとしよう、

でもやっぱり、身体的な衰えはどうしようもないだろうし、

そんな惨めな姿になった私を、若者達は決して助けてはくれないだろう。

なぜならば、その頃には人口が減って若者がいないからだ。

我が国は、移民の受け入れはほとんどないので、

このままひたすらに人口は減少するだろう。

それでも、何とかやっていくためには、

AIとか、なんかいろんなテクノロジーでカバーするしかないんじゃないか?

と、

この股関節の微妙な痛みが、将来を物語っていると思う。



実は、私の子供の将来は、

是非とも、そっちの「テクノロジーを司る」方の職業についてほしいと思っているのだが、

どうやったらそれをうまく伝えて、モチベーションを上げることができるのだろうか?

というのが、今のところ、私の一番の悩みどころである。

それはともかく、

とりあえず、今年の夏は暑い。

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高千代 新潟限定 純米無濾過生酒

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ネットで買うべきかどうか

気が付いたら、左手首に肌身離さず付けていた数珠ブレスレッドが無くなっていた。

これは、現代の覚者とも称される、塩沼亮潤・大阿闍梨が住職を務める仙台市にある慈眼寺で買ってきてもらったものだった。

木製の数珠ブレスレッドで、汗をかいて仕事(精進)をすればするほど、

己の皮脂で磨かれて黒光りしてくるという代物である。

今年の夏は、異常に暑いことから汗の量も半端なく、

ここで頑張れば、

相当量の皮脂+汗の塩分+加齢臭+その他の分泌物が、

まるで焼き物の「釉薬」のように私の左手首から木製の数珠にかかり、

一気に木製の数珠が、いわゆる「垢」で黒く磨かれるに違いない。

きっと見る人が見れば、まるで古美術を鑑定する中島誠之助のように、

「いい仕事してますね」と言うかもしれない。


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ところが、どういう訳か無くなってしまった。

どこで無くしたのか、全く記憶にない。

その無くなった数珠は以前に友人のH氏が仙台に出張に行った際に、

わざわざ買ってきてもらったものだった。

実は、わざわざ人から買ってもらいに行かなくても、

お寺のホームページから購入できることは知っている。

しかし、やっぱり、ホームページから購入するのと、

わざわざ買ってきてもらうのでは、

何となくありがたみが違うというか・・・。

でも、クレジットカード決済ができるなら話は別というか・・・。

いくら以上買ったら「送料無料」みたいな話とか、

護摩祈祷の日はポイント3倍、来世でも使えますとか・・・。

そんな事を考えている時点で、つくづく精進が足りない今日この頃。

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IWC2018 チャンピオン・サケ!

奥の松 あだたら吟醸

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大波乱

昨年、中学校の野球部を卒業していった先輩達が、

それぞれの進学先の高校で野球を続けているので、高校野球の新潟大会が気になる。

まだ一年生なので、当然、試合には出場することはできないが、

一年後にはきっとベンチ入りをしているはずだ。

******

そんな中、昨日の一番の話題は、

県内一の公立進学校・県立新潟高校が、

甲子園出場の最有力候補の私立の強豪校・日本文理高校を破るという大波乱。

負けたらそこで全てが終わってしまう夏の大会。

平日の練習時間が2時間の県立進学校が、

県内外から野球のために、この夏の大会に向けて全てをかけて集まってきている私立高校を負かしてしまうという、

大方の予想を覆す結果に、恐らく新潟県民全てが驚いたと思う。


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実は身近なところでは、この結果に、最も歓喜し興奮していたのはE藤氏だった。

仕事を休んで、新潟高校対日本文理高校の試合を、観戦に行ったそうだ。

なぜならば、

E藤氏のご子息が、新潟高校の一年生で野球部員だからだ。

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結局、この日の夕方、E藤邸で飲むことになった。

私の他にO坂さんと、偶然会ったK原さんも参加して4人で飲んだ。

私は、あまりにも熱かったので、にごり酒をロックで飲んだ。

連日の猛暑で体力的にもかなりきつい毎日が続いているため、

この日は深酒することなく、紳士的に解散。

O坂さんと歩いて帰って来た。

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高千代 「巻機」 純米吟醸おりがらみ生酒

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中学校野球部のグラブ納め

長男が通う町立中学の野球部の、3年生の「グラブ納め」として、

7月中旬、33℃を超える炎天下の中で、

ホームグラウンドの田上中学校で親子試合をした。

保護者チームには強力な助っ人として、田上ベースボールクラブから1、2年生と、
5年生の私の三男を招聘した。

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「試合をするため」という意味では、約30年ぶりに中学校のフィールドに立った。

こう見えても私も、迷門・田上中学野球部OBだ。

私とW辺さん、私の末っ子(小学2年生)とO柳さんの末っ子(小学1年生)で、

午前中の10時頃から練習に参加し、フリーバッティングに3打席立たせてもらった。

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その後、試合の準備のためにラインを引いたり、ネットを片づけたり、サッカーゴールを動かしたりし、軽い昼食を食べて13時少し前にプレーボール。


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じゃんけんに勝ったので、もちろん「先攻」を選択。

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そして、1番打者は、父母会長の「オレ」。

相手投手はもちろん3年生のエース。

初球、外角のストレートを見送り、

次の2球目をジャストミート。

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レフト方向への痛烈な打球。

打った瞬間、まるでホームランを打ったかのように大きくガッツポーズ。

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実は、一塁を回り2塁に向かったが、足がもつれて前に進まなかった。

前につんのめりながら何とか2塁に到達したが、まともに走れていれば3塁打だ。

その後、併殺がらみで私はホームインして1点を先制。

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明らかにナメてかかった親父達にいきなり先制パンチを食らった中学生達の顔が忘れられない。

1回裏はWさんが投手をして3点で抑えた。

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そして2回裏は、私が登板。

四球連発と連打やランニングホームランを食らって、更に6点を献上。

やはり、四球を出す投手はダメだとつくづく思った。

この登板が私にとっての致命傷となり、その後の打席はショートフライと三振。

守っては、見事なトンネルとお手玉。

やはり守備は日頃からやらないと、どうにもならない。

けれども、楽しかった。

足はガクガク、途中、半分、熱中症気味で頭はボ~としたが、

見ているのとやるのでは時間の感じ方も違うし、

いろいろな発見があって、とにかく楽しかった。

野球とは、楽しいものだと、つくづく実感した真夏の昼下がりだった。

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まるで、私が主役のような記述になってしまったが、

念のため一応、この日の主役は、3年生とその保護者である。

あっという間の3年間、本当にお疲れ様でした!

****

その後は、隣市の居酒屋さんで全員で慰労会。

体力の消耗が激しかったせいか、いつも以上にアルコールが回る。

そして、そこに参加した親父達で、地元に戻り、ゆたか鮨で2次会。

話の中心は、「公立中学の部活のあり方」。

ここでは書けないが、指導者の問題や少子化を考えた時に、

個人的には、やはり各首長がリーダーシップを発揮してやらなけらばいいけない局面だと思う。

実際には、すでに手遅れなのだが、それでも、やらないよりはやった方がいいと思う。

まぁ、その点に関しては、いずれ「当たり障りのない言葉」を選びつつ問題提起をしようと思う。


***

それはともかく、歩いて帰ることができる私とN野さんを残して、皆さんはタクシーで帰宅。

私とN野さんは歩いて帰宅。

かろうじて風呂に入って、部屋の冷房を最強にしてドボン。

久々に楽しい日曜日が終わった。


最後に、すてきな写真をたくさん提供してくれたO柳さんありがとうございます!

勝手に写真を使わせていただきました!

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鶴齢 純米超辛口

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読売学童加茂地区予選の話~慰労会の準備を中心に

また土日がやってきた。

先週の土日は三男の学童野球の地区予選だった。

毎日暑くてどうしようもない天気だったが、

先週の土日に限っては天候不順。

小雨が降り続いた。

その一方で西日本は、多数の死者を出す未曾有の大水害が発生。

***********

私は観戦には行かなかったが、

球場は雨でドロドロの状態だったが、土曜日に試合は決行された。

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三男達が所属する少年野球チームでは、

もし土曜日一日の日程で優勝したら、その日に慰労会、

試合が延期の場合は翌日の日曜日に、地元の公民館で慰労会が企画されていた。

慰労会の飲食の用意の一切はうちが受け持っていたのだが、

天候不順のため、一日で試合が終わるかどうかわからないし、

ということは慰労会をするかどうかもわからない状況であった。

子供や保護者の数からして、量的に1、2時間くらいで出来る準備ではない。

夕方からの懇親会であれば、遅くとも午後イチから準備をしなければ間に合わない。

配達も含めると、最低でも4~5時間は必要だ。

******

三男のチームの試合は第3試合。

第1、2試合が「順当」に進み、第3試合に勝てばその日に決勝戦があって、

そこで勝てば祝勝会あり。

負ければ、慰労会もなし。

しかし、天候不順でグラウンド状況も悪いということ以上に、

「どうなるかわからない」という根本的な原因を作り出しているのは、

実は、この○茂地区の野球連盟の規定である。

未だに意味不明なのが、少年野球の「予選会」にも係らず、一試合の時間規定がないのである。

つまり、試合展開がどうあろうと、これだけの悪状況と「地区予選」にも係らず、

決着がつくまで時間無制限のサドンデスをひたすらに継続するという理不尽な規定なのである。

*****

案の定、小雨が降り続く中、第1、第2試合は、双方泥だらけになって2時間を超える試合。

時間を大幅に遅らせて、何とか第3試合まで終え、自チームは勝つことができたのだが、

グラウンド状況の悪化と、対戦相手も午前中に長時間にわたる試合だったため、

子供の健康を考えて、結局、翌日に繰り越すことになった。

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私も、長年の経験から、「きっと、そうなるだろうな」と早い段階から達観していたので、

慰労会の準備は全くしなかった。



*****

という訳ではなく、

「やるの?」

「やらないの?」

どっち?

あっ~、準備、どうすればいいんだ?!

と、

その心の葛藤は凄まじいものだった。

だって、せっかく準備しても、

試合やりませんでしたので、慰労会も無しになりました。

なんてことになったら、作った料理とかどうするんだ?

**

結局、私はこの日、

「準備をしない」という決断をした。

そして、結果的に決勝戦も翌日に繰り越すことになった。

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そういうわけで、慰労会は祝勝会になったが、

この日私は、休みをとることができなかったので、祝勝会に参加することはできなかった。

そしてやっと、ぜ~んぶをある程度片づけた後、ようやく二次会に参加。

二次会の小汚い居酒屋ではラストオーダーで店を追い出されて、

帰りは、約2.5kmの道のりを一人で、とぼとぼと歩いて帰宅した。

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越の鶴 壱醸21 

勝利の美酒

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