高校の学年懇談会

11月16日。

朝、神社の清掃と冬囲い作業を終え、午前中の仕事をして、
午後から、長男の通う公立高校の学年懇談会に参加した。

参加者は約140人くらいだったであろうか。
進路指導の教諭の方からいろいろと説明があった。
偶々、最初に説明してくれた方が、長男のクラスを担任している女性教諭であった。

私と同い年くらいか、少し上くらいか?
彼女は、陰で生徒から何という「あだ名」で呼ばれているのだろうか?

私だったら、何と名づけるであろうか。
まぁ、私が付けた彼女のあだ名は、ここでは伏せておこう。

そんな、どうでもいいことをぼんやりと思いながら、話を聞いていた。

その頃、小学6年生の三男は、田上ベースボールクラブとしては最後の公式戦で、決勝戦に先発させてもらったようだ。
そっちの方はどうなってるんだろうかと、気になって仕方がない。

****

ところで、私が高校生の時、こんな学年懇談会はあったのだろうか?

記憶にない。

仮にあったとしても、当時の私は多分、そんな案内文章は親には見せなかったと思う。

基本的には、大学進学を念頭においた、学校生活や学習時間、進路についての説明会だった。

それと、東京理科大出だという教諭による、スマホの使用時間と成績は反比例するという至極当たり前の話。

スマホは上手に使いこなせば、賢い(smart)ツールだが、そこは所詮、普通の高校生だ。
非生産的な時間を過ごすための娯楽品としか扱うことができないということだ。

***

かつて私が高校生の頃、今の「スマホ」に対応するのは、

もしかして「原付バイク」だったんじゃないかと思う。

50ccの原付バイクは、自由への翼。

海も山もどこでも行きたいところへ行ける。

私の頃は、バイクを手にいれると、とりあえず意味もなく、海までバイクを走らせたものだった。

バイクに乗れば、遠くの友達にも会いに行ける。
寝そべって、スマホでメッセージをやりとりをするのではなく、友達の家にバイクで行って話をするのである。

**

バイクと言えば、実は私は、高校生の頃に、原付バイクで家出を計画したことがある。

家出をしたら、野宿をしなければならないと思ったので、登山用品店で寝袋を買った。

当時は、今と違い、安いアウトドア用品が普及していなかったので、寝袋は思いの他、高額な出費となった。

そのため、寝袋を買ったことにより、家出のための軍資金の大半を使ってしまい、

結局、家出を断念したという、バカ丸出しの憶えがある。

もしかしたら、そのような「若干の頭の悪さ」は、

スマホで動画をみて無為に過ごしている高校生と大差はないのかもしれないので、

長男をスマホの件で注意する時には、当時のおバカぶりを闇にして、

とりあえず、虚勢を張って、時代の先が読める父親を演じることにしよう。

Img_0730

越の誉 ひやおろし

| | コメント (0)

いとしすぎ

11月16日。

新嘗祭(勤労感謝の日)前の恒例行事である、
店舗の裏にある神社の清掃と冬囲い作業だった。

Img_0726

年に数回、この神社の清掃作業がある。

うちは氏子だし、一番近くに住んでいるのでその作業に参加するのは当然なのだが、

それ以上に私としては、

我が家の野球の原点とも言うべき場所だから、

という気持ちの方が強いと思う。

私が初めて野球というものを体験したのも、小学生の時にこの神社の敷地内での遊びからだったし、
人の親になり「子供とキャッチボール」ということを経験したのもこの神社だ。

*****

前回の清掃作業の時に発見した、塀の隙間から生えている「ど根性杉」。

  Img_0609

Img_0608

見つけた時は、

君ね、なんちゅうかね、そんな隙間からよく生えてるね!

と感心して、敢えて抜かずにそっとしておいた。

あれから、その存在をすっかり忘れていたが、

今回の清掃作業で数ヶ月ぶりのご対面。

Img_0725
 
「おっ!お前、まだここで頑張ってるんだ!」

と、ものすごくうれしくなった。

多分、作業に参加している氏子の中で、

私以外にその存在に気付いている人はいないと思う。

****

「隙間」という、ニッチな場所でしぶとく生きている杉がとても愛おしいと思う。

最近、テレビではあまり出演がないようだが、

とりあえず君の事を「スギちゃん」と呼ばせてもらってもいいかな?

ちなみに、私自身は「スギちゃん」こと本名:杉山英司氏とは同い年なので、なおさら愛着がわく。

年をとったせいか、植物に愛着がわくぜ!

ワイルドだろ?


とりあえず、一丁前に、春先に花粉を撒くのだけは勘弁してもらいたいものだ。

Img_0729

越の寒中梅 秋上がり 純米吟醸 原酒

| | コメント (0)

絶望の中の希望

  11月12日。


約5ケ月前、入院していた病院に定期検診のため訪れた。

この日は、10月初旬の気温に逆戻り。

秋晴れの空が清々しい。

Img_0724

6月の初旬から中旬にかけて入院していた時、

部屋から出て、売店でアイスを買って、

ぼっ~としながら眺めた青田の風景は、稲刈もすっかりと終わり殺伐とした風景に変わっていた。

Img_0723
売店のアイスケースの奥底から引っ張りだした、霜が思いっきりついたいつ納品されたかわからないような、ガリガリのアイスを喜んで食べていた5ケ月前が懐かしく感じられる。

今では全く体調もいいのだが、あの時の弱り具合から比べると、
こんなにも回復するものなんだなと、人体というのは本当に不思議なものだとも思う。

 

******

実は、検診の日をすっかり忘れていて、当日の朝、気が付いた。
とりあえず、仕事をほったらかして病院に向かい、時間ギリギリに間に合った。

この日は、採血とCT。

私は、この年になっても注射が苦手なので、注射針を刺す時は、当然、直視することはできない。

特に、針を刺す時、看護士さんから、

「ちょっと、チクっとしますよ~」

などと言われた瞬間には、

一気に心臓が高鳴り体はこわばり、

そして、チクっとした刺激を感じた瞬間には、

それこそ、もうこの世の終わりと絶望に打ちひしがれたような状態になってしまう。

正直なところ、みっともないと思うが、だって仕方がない。

****

この日は、採血とCTでの造影剤注入で、1日に2回、注射を打つことになり、

それはつまり、短時間で2回もこの世の終わりと絶望に打ちひしがれるということである。

ところが、今日の採血の看護士さんが、注射が大そう上手な人で、

「ちょっと、チクっとしますよ~」と言った割には、

あんまりチクッとしないのである。

相変わらず、採血が終わるまでは、うなだれたままだったが、

それでも、最初の「チクッ」感が、ソフトだったため、なんとなく気が楽になった。

私は、思わずその看護士さんの名札を見て、名前をチェックした。
もし、指名ができるならば、追加料金を払ってでも彼女を指名しようと思った。

僕は次もあなたに注射をしてもらいたいんだ、

君は絶望の中に輝く希望のようだ、

と心から思った。

採血室を出るとき、彼女の姿がとても神々しく感じられた。

***

次はCT検査だ。

廊下を挟んだ向かいはMRI室だ。

外来から離れた奥まった場所にある。
やはり検査の性質上、待合の雰囲気は暗い感じだ。

最初は、技師の男性しかいなかったが、造影剤を注射する時に、若くてかわいい女性の看護士の方がやってきた。

マニュアル通りのことを尋ねられ、

心の中では、前にも一回やったことあるから大丈夫だよ、と思いつつ、

造影剤の注射に、既にビビりはじめていた。

というのも、私の経験上、

「若くてかわいい看護士さんは注射が痛い」

という法則があり、その時点で、この世の終わりと絶望が迫っていた。

「ちょっと、チクっとしますよ~」

私は目を瞑り、覚悟を決めた。

末っ子の顔を思い浮かべた。
この子が成人するまでは生きていたいと思った。
でも、さようなら・・・。

**

「今、造影剤が入っていますけど、大丈夫ですか~?」

えっ?もう刺してたの?

全然わかんなかったけど!

「だ、だ、大丈夫で~す」

メガネを外してたので、名札は読めなかったけど、

君も絶望の中で輝く希望だよ。

できることならば、君も指名したいよ。

 

というわけで、

私は、何か晴れ晴れとした気持ちで、検査室から出たのだった。

秋晴れの青い空が眩しかった。

Komehiya_20191113230001

米百俵 ひやおろし
 

| | コメント (0)

長い春の終わり(1)

三男が所属する田上ベースボールクラブの長い「春」が終わった。


4月の下旬から始まった高円宮賜杯第39回全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメント。

このトーナメントは全国で約12000チームが参加する「小学生の甲子園」とも称される軟式少年野球の国内最大の大会だ。

4月下旬に地区大会を勝ち上がり、5月下旬の県内ブロック予選である中越大会も勝ち上がった。

毎年、この中越大会の日程が小学校の運動会と重なっており、

学校行事である運動会に出るか?
大会に出場するのか?

が恒例のチーム全体の大問題になっており、最初で最大の鬼門だった。

今年は6年生を中心としたレギュラーメンバーが、運動会ではなく中越大会出場を選択し、ブロック予選を勝ち上がり県大会の出場権を得た。

今までは、この5月下旬の中越大会の出場権を得たとしても、

運動会組と中越大会組に分かれ、選手が揃わないまま出場しそのまま敗退とか、

そもそも運動会のため棄権とか、

初夏を目の前に、そんな感じで「春」を終える様子を、私は約8年間見てきたので、県大会出場は感激としか言いようがなかった。

*****

そして、6月中旬の県大会。

新潟県内約300チームが、8チームに絞られ、たった1枠の全国大会出場権を争った。

そして、薄氷を踏むような展開の末、全国大会出場の切符を手に入れた。

チーム発足12年目の快挙だった。

8月18日、明治神宮球場で高円宮賜杯マクドナルドトーナメントの開会式。

Img_0569

高円宮妃殿下久子様がご臨席する中、全国51チームが参加した開会式を見た時には、
本当に自分自身がそこにいることが信じられなかった。

Img_0571

というのも、今から8年前、当時小学2年生の長男がこのチームに入団し5年生くらいになるまで、

私は、全国につながる大会がこんなにすごいものなのかも、全く知らなかったし、

そもそも年間でどんな大会があるのかも、ほとんど知らないという、

結構、ダメな保護者の一人であった。

****

正直なところ、私は零細商店の自営業者で土日祝日は普通に仕事なので、

子供たちの試合に帯同することもほとんどなく、野球経験も中学校の部活程度なので、

本やDVDを見て知ったかぶりをするくらいで、物理的に関れない分、ちょっとだけ子供を野球のスクールに通わせてあげるくらいで、

子供と一緒に野球漬けという生活ではない。

そんな私が、明治神宮球場の開会式の場にいるのだから、ありきたりの言葉を使えば、夢のような出来事だった。

つづく

| | コメント (0)

8年のちに

8月19日。

最寄りの駅までの最終電車で東京から2日ぶりに帰宅した。

駅から自宅まで重いカバンを肩にかずき、小雨の中、夜道を歩きやっとのことで帰宅した時には、体中がドロドロのベトベトだった。

こんなドロドロ感は、大学生の時に部活の合宿で、真夏に1週間風呂に入れなかった時の感覚に近い。

*******

2019年8月18日と19日。

この2日間は、一生忘れられない思い出の一つとなった。

Img_0566

早朝の出発、

越山、帝都の球場、

大会の威厳と華やかさ、

晴れ舞台、

曇り空、

夏の日差しと蒸し暑さ、

天気予報通りの雨、

私鉄と地下鉄の乗り継ぎ、

地下鉄構内の息苦しさ、都会の喧騒・・・。

******

シャワーを浴び、エアコンを効かせた部屋で、豆腐をつまみに缶ビールをあおるように飲むと、脱力感が半端ない。

録画していたテレビ番組を、ぼ~、と見ていると、あっという間に微睡の中だ。

しかし、その微睡の中にあったのは、全国大会出場の喜びよりも敗戦の悔しさだった。

郷土の期待を抱いて臨んだ一戦は、一方的に徹底的にやられた負け戦となった。

僅差で負けたのならば、ある意味諦めもつくのかもしれないが、

あまりにも実力差を見せつけられた圧倒的な負けは、只々、己の甘さをそのまま写した鏡のようだった。

****

そこに行こうと本気で強く思わなければ、そこに行くことはできない。

至極、当然のことだ。

しかしこの当たり前のことが、私は腹の底まで落ちてはいなかった。

試合終了後に聞いた話だが、全国の頂点を目指している相手チームは、
そのために、そこまでのことを当然のようにしてきている、というのを知りひたすらに愕然とした。

圧倒的な人材の数と物量、情報。

誤解を恐れずに言うならば、それは大東亜戦争の日本軍とアメリカ軍のようだ。

このある種の絶望的とも言える大きな差を、片田舎のボランティア運営のチームがどうやったら伍していけるのだろうか?

微睡みの中で、繰り返されるのは、ただただ、その一点だった。


| | コメント (0)

子猫

どういう訳か、何年かに一度、子猫が店に紛れ込む。

今回は、ベンチと戸の隙間に、ニャーニャーと鳴き続けていたのを発見した。

大人の手の平の中にすっぽりと納まってしまうくらいの、
小さな子猫だ。

こんな小さな子猫が、何でこんなところにいるのか?

どうやってここまで来たのか?

など不思議で仕方ないのだが、とりあえず、段ボール箱に入れて保護。

Image6


******

うちは食品を扱っているので、動物でも、特に哺乳類は飼ったことがないので、
私には、こんなに小さな子猫にエサは何を与えていいのか、正直なところわからない。

なので、「赤ちゃん→ミルク」という単純な発想で、
とりあえず普通の人様が飲む牛乳を惣菜を入れるトレーに入れて与えてみた。

****

牛乳の入ったトレーを段ボール箱の中に置こうとすると、

子猫のくせに、

「フッ―!」と威嚇してくる。

「この恩知らずが!」

と思いつつ、

しばらく放置して、忘れたころに、そっと見にいくと、

トレーの中の牛乳は無くなっていて、子猫の口の周りが白くなっていた。

「それでも、飲んでくれてよかったな」

と何気に悦に入り、

「おかわり」の牛乳をトレーに入れてやった。

するとまた、子猫のくせに「フッ―!」と威嚇してくる。

「この恩知らずが!」と思いつつ、

しばらく放置して、忘れたころに、またそっと見に行こうと思っていたら、

何だかんだですっかり忘れてしまった。

***

私が子猫の事などすっかりと忘れてしまっている間に、

幸いなことに、その日の内に引き取ってくれる人が現れた。

親戚の叔母さんだった。

あとから、人が飲む牛乳を子猫に与えると下痢をする場合があるので、よくないということを知った。

もしかしたら、あの子猫は、私が与えた牛乳のせいで下痢をして苦しんでいるかもしれない。

**

しかし、あのまま放置されていればカラスなどの餌食になって死んでしまったかもしれないという事を思えば、

その後にちゃんと育ててくれる人に引き取ってもらって命を救われたのだから、

私の牛乳での「下痢」の分は、「運(ウン)」がついていたと言うことで、

きっと許されるだろう。

| | コメント (0)

バット

小学校6年生の3男に、初めて新品のバットを買ってあげた。

3男は、長男、次男の「お古」やもらったバットばかりを使っていて、
新品なんて言うのは、もらったり、おさがりのバットの劣化した「バットグリップ」を交換ぐらいのものだった。

私としても、3男にしても、それが「兄ちゃんは買ってもらったのに、お古ばっかりでかわいそう」とか、
そういうことではなくて、「使いやすい」のが一番という発想だ。

3男自身もそれで納得している。
そりゃ、どっちかと言えば、新品であろうお古であろうが何であろうが、
使いやすくて、どんなバットであろうがヒットが打てるバットの方がいいに決まっている。

そういうわけで、お古を使い続けてきた3男だったのだが、

ところが今回の県大会で、長男→次男→三男と5年続けて使ってきたバットが、
試合前の検査で劣化しているという理由で、

昨日の準決勝で使えたバットが、翌日の決勝戦では使用不可ということになってしまった。

たった一日で使えなくなるというのは、おかしくないですか?
と、
「ディマリニ」のバットなので、製造物責任でウィルソンの親会社のアメアスポーツコーポレーションや日本法人のアメアスポーツジャパン株式会社にも問いたいところだが、まぁ、そこは「大人の常識」的に強く言えない部分でもあると思う。


****

そういう訳で、今まで使っていたバットが上位大会では使えないということになったので、

「まぁお前、がんばっているしね」

ということでバットを買ってあげようという気になったのだが、

実は、うちは家計的に、思い込んだら「金属バット一筋」。

今時のコンポジットとか何とか言う素材の高額バットですか?
なんか知らないけど、2~3万円もするような代物のバットは、

我が家では「打感の気持ち良さが金属と比べると、全然ダメ」とか、

「飛び道具は男の本懐にあらず」ということを洗脳しており、コスト削減に努めてきました。

ということで、3男のバットは金属バットという事で、割と安く買えて、
いい買い物したな、ということを言いたかったわけです。

この事を英語に訳すと、


ジャック ハズ ア バット & ツー ボールス


TOEICスコア900点台は堅いね。

| | コメント (0)

全国大会の出場が決まりました

退院してから、約2週間が経った。

まだ傷口がしっかりとしていないため、力が入らず、いまだに重いものを持つことができない。
ベルトをするとバックルのあたりが当たって痛いので、終日、ジャージのようなものを履いている。
腰も引けがちで、歩く姿が若干みっともない。

家に帰ってきて、いざ動こうとすると意外に動けないものだ。
病院にいた時は、周りからみると私は動ける方の病人だったのだが、ずっと寝ていたこともあったせいか、筋力の低下が著しいような気がする。
普段の生活の中ではやはり病人であることを痛感する。

******

そんな私はさておき、ついに、三男が所属する田上ベースボールクラブの新潟県予選の優勝と全国大会の出場が決まった。

準決勝、決勝の舞台は、「みどりと森の運動公園野球場」。

ここはかつて、ミズノ・ウィナーズカップで田上ベースボールクラブが優勝した時の、縁起のいい球場だ。

確かあの時は、長男が5年生の時だった。
今回の当事者の三男は、小学校1年生の時だ。

スポーツ新聞の記事になったことに、随分と興奮したものだった。

S__41443345

あれから、5年。


今度は、もっと大きな記事となった。

Image1-5
とりあえず、記事が掲載されているスポニチを、コンビニで大人買いした。

 

| | コメント (0)

いよいよ明日は

明日、2週間お世話になった病院から退院する。

親切に看護してくれた看護師さん達には、本当に感謝している。


この部屋で過ごすのも、今日で最後だ。

不思議なもので、点滴や管などが外れ、段々回復していくにつれて、
時間があっという間に過ぎていったような気がする。

一見、やることがなくて時間を持て余すかのように感じるが、

パソコンをいじったり、

本を読んだり、

見舞いがあったり、

こっそりとアイスを食べたりしている内に、

回診があったり、

ご飯の時間だったり、

風呂の時間だったり、

ガーゼを交換したり、

血圧やら体温を測ったり・・・、

そんなことをしていると、あっという間に一日が終わってしまう。

逆に起き上がることができなかった時は、

食べることはできないし、

微熱は続くし、

声は出ないし、

もう寝るか、

天井を眺めるか、

窓の外を眺めるか、壁の角を眺めるかくらいで、

随分と時間が長く感じたものだ。

そういう時は、特に夜になると寝ることができずに、

ひたすらに不安だけが募るという精神衛生上よくない日々が続いた時もあった。

そんな日々も最後

明日から、本当の日常へ帰る時だ。

Image1-4

 

| | コメント (0)

日曜日は雨

天気予報通り、朝からずっと雨だった。

雨の日曜日は悲しい。

私の部屋のあるフロアは、

先週まで割と患者の出入りが激しく、随分と騒がしい感じだったが、

今は空室の方が目立つような気がする。

土日で病院自体も外来がなく、入院棟の方も大人数の回診もないため、

建物自体が、何となくひっそりと静かな感じだ。

そして、朝から降り続く雨。まわりの景色も灰色だ。

Image1-3

******

来週、退院が決まった。

正式には、月曜日の回診時に状態を見て先生と決めることになっているのだが、

「この日の退院でいいよね?」と既定路線的に看護師さんから言われると、

日にち的にも丁度2週間だし、先生の判断を待たずとも、まぁ、そうだよなと納得する。

この病室で、大体10日間過ごした。

もはや「私の部屋」状態だ。

中でも、ベッドの上は一日の大半を過ごした場所なんだと思う。

体重も6kgほど落ちた。

退院できるというのは、うれしいことなのだが、

今まで、「入院」という「非日常」が、

「日常」の日々であったゆえに、ちょっと寂しい気もする。

 

| | コメント (0)

空白の午前中

「空白の午前中」

それは、「自由への疾走」?

疾走というか失踪?

元気が出た。

まずは、ベスト4!おめでとう!

Image1-2

それにしても、県大会になると、こんなにも盛大なセレモニーをするんだな、と感心した。

マクドナルドが冠スポンサーなので、実写版のドナルドも来ていたし。


******

土曜日の午前中、私が病院の主治医から外出許可をもらい、直線距離にして約30km先の野球場へ行ったのが、どうやら咎められているらしい。

一つ言いたいのは、それをしなかった事で、あとで後悔はしたくないということだ。

今回の入院は、さすがに自身の「余命」を考えた。

子供の将来のこと、仕事のこと、自分の過去のことなど・・・。

仮に、医学的に余命が宣告されたとして、

あるいは余命が定まっているのならば、

いや、定まっていなくても、

誰もが残された時間の中で、悔いのない人生を送りたいはずだ。

*****

どうしてもこの目で見なければ、きっとあとで後悔する違いない。

それが、今日の三男が出場するマクドナルド・トーナメント新潟県予選・準々決勝大会だった。

正直なところ、まだ開腹の傷跡がしっかりしていないため、

大きな声が出ないので一緒に応援するのもはばかられたし、

何よりも、万が一の体調不良も考えて迷惑をかけないように、チームの応援席とはかなり離れた出入り口付近でひっそりと観戦した。

****

この県大会は、約300ほどある新潟県内の軟式少年野球チームの中から各地区予選を勝ち上がってきた8チームが、

全国大会へのたった1枠を争う。

特にうちのチームは、ここまで勝ち上がってきたのは創設11年目にしてはじめての快挙だ。

私は、現在、高校一年生になる長男の時から、次男、三男、四男とお世話になって8年ほど経つが、三男の時に遂にここまでやってきた。

同じ午前中でも、

病室のベッドの上でスマホの画面で試合結果の連絡を待ちながら過ごすのと、

スタジアムに行って陰ながらわが子のプレーを観戦して過ごすのでは、

どちらが幸せな時間の過ごし方で、どちらが後悔しない生き方なのか?

****

病院に帰ってきて、私の姿を見つけた受持の看護師さんが、

「試合どうでしたか?」

と声をかけてくれた。

私が「勝った!」

というと、本当にうれしそうに「よかったですね!」と笑顔で答えてくれた。

うれしいのは私自身が一番だが、こうして看護師さんも一緒に喜んでもらえるなんて、なんて幸せな事だと思う。

そもそも、術後が順調に回復していたからこそ、

前例はないけど、ダメ元で主治医の先生に半日の外出許可をお願いしたのも、

「ここで何もお願いしなかったら・・・」

と思ったからだ。

さすがに、私だってこの時点で、点滴やら管やらが繋がっていれば、見なければ後悔するのはわかっていても外出のお願いなどできるわけがない。

いずれにしても、咎められる理由をいろいろと考えたがどうも腑に落ちない。

だから、やっぱり謝らないことにした。

ちなみに、この日の昼食は、当然、病院食ではなく「外食」。

「マクドナルドで食べようかな?」

と、ちょっと思ったけど、

健康を考えて、消化がよいものということで、うどんを食べた。

Itinikurakizuna

一ノ蔵 「3.11未来へつなぐバトン」 特別純米原酒


| | コメント (0)

抜糸が終わった

今日の午前中、抜糸が終わった。

「抜糸」と言っても、ホチキスの針みたいなのを外すのだが、

これが、死ぬほど痛いわけではなく、全く痛くないわけではなく、

注射の針を刺す時の痛みを若干濃いめにしたような、微妙な痛さというか・・・。

ともかく、小さな金具にも関わらず、腹から外れると随分と体が軽く感じる。

****

今の個室に移ってから、ずっと晴れている。

窓からは、朝焼け、夕焼け、日中は田んぼの青苗の緑が映える。

昨日から、こっそりと売店でアイスを買い食いしているのだが、

今日は、玄関から外に出て、駐輪場の裏のブロックに腰かけて、田んぼを眺めながらアイスを食べた。

ここはいい。

ほとんど誰にも見られることなく、のんびりとアイスを食べることができる。

それにしても、この建物の外に出るなんて、10日ぶりだ。

初夏の暑さと風が気持ちいい。

うっかりとしていると、アイスがすぐに溶けてしまいそうな気温だ。

まぁ、若干、溶けたアイスが病衣に垂れてしまったが・・・・。

という訳で、今日は午前と午後の2回アイスタイム。

***

結局、伸ばしていたあごひげを剃ることにした。
昨晩、見舞いについてきた三男から「似合わないからやめた方がいいよ」と言われたため。

明日からの土日は「梅雨の嵐」が日本列島を直撃だそうだ。

三男の野球の県大会の様子が気になる。

のんびりと外でアイスを食べるのも難しいだろうな。

Hatitokujyunnama
八海山 特別純米原酒生詰

| | コメント (0)

夕陽

昨日、「夜、眠れない」

みたいなことを書いた割に、
昨晩は、結構よく眠れてしまった・・・。

体の管が外れ、退院の日取りが決められたことで、精神的に落ち着いた部分があったのかもしれないが、

ただ単に寝る時間を遅くしたのが一番大きかったのでないかと思う。

実は、個室なので消灯時間に従わなくても

「ちょっと、あんたいつまで起きてんの!」

と、文句をいわれることはない。

*****

朝、採血、風呂、ガーゼ交換、回診。

今日は、S上君とKさん、Aさんが見舞いにきてくれた。

S上君は、遅いお昼休みを取ってラーメンを食べたついでに、Kさんは保険の件で、

同業者のAさんからは、水やスポーツドリンクの配達をしてもらった。


***

夕方、売店でアイスを買って、こっそりと食べた。

夕食前に、私の父親が見舞いにきた。

そんな風にしていると、昼寝もする間もなく(まぁ、そもそも眠くもないが)、

アッという間に一日が終わってしまう。

その分、退院の日が近づくという点ではいいことなのだろうが、

正直なところ、「何もしていない事」に対しての焦りのようなものを感じている。

槇原敬之が、かつて28年前に、

「どんなときも」の中で、

「落ちていく夕陽に 焦る気持ちを溶かして行こう」

と思えるほど、私自身若くはないのが現実だ。

Image1
Yukitsubakijyunginorigarami1
ゆきつばき 純米吟醸原酒 無濾過おりがらみ

 

| | コメント (0)

術後の経過

手術から4日が経った。

徐々に体の管類が外れていっている。

ただ何事にも気力が起きない。

髭も伸ばしっぱなしだ。

手術当日よりも2日目、3日目の夜が辛かった。

日中ほとんど同じ姿勢でいるため、夜半になると腰が痛くて我慢できない。

そして何よりも、夜が長い。

日中、浅い眠りをくりかえしているためか、夜にしっかりと寝ることができない。

気力がないので、活字を読む気が起きないため本も読むこともない。

テレビも見る気もせず、 

結局、微熱が続く中、窓の外や天井をぼ~と眺めていたり、ほぼ廃人のような一日を過ごしている。

****

術後5日目。

入院してから丁度1週間経った。

お腹の管と点滴が外れた。これで体中の「管」類が全部外れた。

今日からは、3食の病院食が栄養補給の頼みの綱だ。

最後に貧血を改善するための点滴をしたせいか、少し体が軽い。

夜の眠りは相変わらず。

1~2時間眠ると目が覚める。

その後眠れずにごろごろして、また1~2時間ほどの浅い眠りの繰り返し。

微熱が出たり、平熱に戻ったり。

***

術後6日目。朝、シャワーを浴びることができた。

縫合のためのホチキス針が刺さっているのを直接見て、自分の体ながらギョッとした。

親戚のTさんが見舞いに来てくれた。

「ゆっくりと休めばいい」とは言ってくれたが、

基本的には日中ほとんど動かないので、体は疲れてはいないので、昼間に少しウトウトしてしまうと、夜、まともに眠ることができない。
確かに日を追うごとに回復していくのを実感できつつも、このままこんな生活は精神的に続けられない。

| | コメント (0)

手術当日になりました

いよいよ手術当日となった。

気を紛らわせるために、まだブログの更新なんかをしている。

今朝は5時頃目が覚めたが、水を飲んだり、本を読んだり、微睡んだりして時間を過ごした。

夕べはユーチューブでナイツの漫才やサンドウィッチマンのコントを見ながら、
うつらうつらと眠ってしまい、22時頃、点滴の交換で気が付いた。

寝入ってしまう前は、廊下の人の往来や見舞客の会話など、
割とザワザワした感じだったので、ユーチューブの音量も普通目で視聴していたが、

21時以降は消灯となり、急にフロア全体が静かになる。

私がいる病室は二人部屋なのだが、私が一人いるだけで、出入り口は開け放しのままだ。
なので、21時以降私の病室からはナイツとサンドウィッチマンのボケとツッコミがそれなりの音量で延々と流れていたことになる。

******

昨日の午前中に、同じ病室に入院してきた人がいて、二人部屋を独り占めという訳にはいかなくなった。

歳は私よりもいくつか若いだろうか?

カーテン越しに聞こえてくる会話からは、どこが悪いのかはわからなかったが、何となく入院慣れした感じに聞こえた。

となりのベッドの人が私に、

「よろしくお願いします」と声をかけてきた。

急に声をかけられたので、

とっさに「あっ、よろしくお願いします」と私はぎこちなく応えた。

これからは隣人がいるので、迷惑にならないように静かにしなければならないな、と思っていたら、

隣の人は、午後から手術ということで、ほんの1時間くらい一緒にいただけで、病室から移動していってしまった。

明日は我が身か・・・と一抹の寂しさと不安を感じた。

****

午後から、みどりさんと三男が届け物がてら病室にやってきた。

たった1、2日見なかっただけなのに、三男が少し大人に見えてしまうのは、

手術を前に私自身が気弱になっているせいもあるかもしれない。

私は昨日から、水とお茶以外は何も食べることはできない。

動いてもいないので、それほど空腹感はないのだが、

それにしても、廊下からかすかに漂う毎食の配膳の出汁っぽいにおいが、なかなか眩しい。

特段、豪華なものが提供されている訳ではないことはわかっているのだが・・・。

香りやにおいの思い出はいくつかをあるが、これも記憶の一つに残るかもしれない。

Img_0455

| | コメント (0)

今年の桜は感傷的ではない

三男が小学校6年生で少年野球をしている。

「している」というか、我が家の4人の子供達は全員、野球をさせている。

はっきりと言ってしまえば、

我が家の経済的物理的事情からして、子供達それぞれが別のスポーツをさせることは極めて非効率なことである。

バットやボールなどの道具類や、スパイク、ユニホームなども切れていなければ、
下の兄弟達は、原則「お古」である。

これが一人でも、別のスポーツ、例えばバスケットやサッカーなどをすれば、「お古」が使えないどころか、

常に新しいものを購入しなければならない。

だから、我が家は全員同じスポーツなのだ。

*****

長男の時のグローブやバットは、日ごろからしっかりと手入れをさせ、確実に次男、三男と使わせればいい。

実際、次男のグローブは最初にバーゲン品を買ってあげただけで、成長とともに長男のお古を使っていた。

この調子でいけば三男も・・・、と思っていたが、

なぜか三男だけが「左利き」に育ってしまったので、

結局、彼のグローブだけは新品を買わなければならなかった。

野球人口の減少で、以前よりもメーカーや小売店が在庫調整をしっかりとしてきているため、

なかなかちゃんとした少年用の左投げ用のグローブを店頭で見つけるのが難しくなっていて、

三男のグローブは、ほぼ定価で購入する羽目となってしまった。

***

そんな三男も、いよいよ学童野球最後の一年となった。

彼が所属する田上ベースボールクラブは、

4月下旬から始まった高円宮賜杯(通称マック・マクドナルドが冠スポンサー)の加茂地区予選を順当に勝ち進み、

運動会問題で若干もめた中越大会も勝ち進み、

創設11年目にして、遂に県大会に出場することになった。

全国大会の出場権まで、あと3つだ。

Image-1

Image_1

Image-2

**

今年はグラウンド脇の散りゆく桜は、感傷の対象ではなく希望の花道だ。

Img_0435

 Img_0432

Takatiyojyunmaikuro2

高千代 純米酒 新潟県内限定

| | コメント (0)

長男の高校の入学式

今朝から点滴が始まっているが、まだ、のんきにしている。

Img_0454 

*****

4月に長男が高校に進学した。

自動車で行けば約20分ほどで着くのだが、

公共交通を利用すると、電車に15分乗って、降車駅から山手の方に歩いて20分という、

なかなか不便な場所にある公立の普通高校だ。

実を言うと、これからの社会状況を考えた時、私としては長男には別の進学先を選択してほしかった。

しかし残念ながら、学力的に若干足りない部分もあったが、
私が熱望している割に、そもそも本人にその進学先への希望が薄かったというのが一番の原因かと思う。

とにかく、本人的には、公立高校で希望している高校の一つに合格したこと
は喜ばしいことなんだと思うが、

私としては、長男の進学先が私の希望通りにはならなかった事に、
実は素直に喜べず、複雑な心境だったことを告白しておこう。

****

4月上旬。

その高校の入学式に、みどりさんと二人で行ってきた。

校舎は、住宅街の中の急な坂道を上った丘陵の中腹にある。

Img_0427 

山手なので陽当たりがいいのか、平場と比べると桜の花が満開に近い。
Img_0426

Img_0425

制服は男子は学生服に、女子は地味目なブレザーだ。

男子はともかく、女子は地味なブレザーを着るくらいだったら、
公立高校なんだからクラシカルなスタイルのセーラー服が望ましいのでないかと、
入学式の式典で軋むパイプ椅子に座りながら漠然と思った。

入学式の新入生入退場の一番最後の列は、「特進クラス」だと教えてもらった。
当然、長男の姿はそこにはないのだが、「特進クラス」と聴いただけで急に賢そうに見えてしまう。

***

式典が終わったら、私はすぐに会場から出て帰宅した。

行きに上ってきた坂をゆっくりと下る。

そう言えば、私の高校の入学式は、親なんか来たことなかったよな~。
と、しみじみ思い出した。

いずれにしても、ここで過ごす3年でたくさんの友達を作ってほしいと思う。

Tsurudomenu

ドメーヌ越の鶴 純米大吟醸

| | コメント (0)

半世紀の旅路の終わり

町内にある10年以上廃墟となっていたラブホテルが解体作業にはいった。

Img_0442
Img_0444 
 
解体後の跡地には、大手ドラックストア―が出店するという。

******

かつて、私が小学生の頃、このラブホテルの前は「通学路」だった。

だから私は、幼少のみぎりから、このラブホテルの前を毎日通っていた。

最後は「パレード1」という名前で営業していたが、

今から40年近く前、私が小学生低学年の頃は、「スペイン」という名前だった。

更に、このラブホテルのすぐ裏には「パレード2」という姉妹店舗のホテルがあったのだが、

そこはかつては「画廊」という名で営業していた。

****

その後、私が小学3年生頃になった時、

このラブホテルは「スペイン」から「楼蘭(ローラン)」と店名を変えて営業していた。

そして、何年か経って気が付いたら「パレード」という名前になっていた。

***

よくよく考えたら、

「スペイン」から、

シルクロードの幻の都市「楼蘭」を経て、

南米ブラジルのカーニバルの「パレード」に至るという、

それは約半世紀をかけて、ヨーロッパ、中央アジア、南米に到達するという壮大な旅路だったのだと思う。


ちなみに、「パレード」の跡地に出店してくるドラッグストアーは「マツモトキヨシ」らしい。

ということは、半世紀の旅路の終わりは南米ブラジルではなく、千葉県松戸市か・・・。

Takatiyoskyblue1

豊醇無盡たかちよ スカイブルーラベル


| | コメント (0)

更新が滞ったのには、いくつかの理由があってだな

  2018年10月20日以降、止まっていた更新から、半年近くが経った。

その間に、私は一つ年を重ね46歳になった。

*******

6月の上旬。

実は、はからずも病院のベットの上にいる。

病室の窓からは三条市の街並みが見える。

6e60a81b66804356947b670daf26be06

外は30℃近い気温だが、病室は快適だ。

入院したばかりなので、採血くらいで特段何をするわけではなく、食事も割と普通のものがでている。

08678366e2f844cb969046b2479115d6

F89ac43883ca413f895af1255fdad4da

最初に付いてくれた看護師さんはとてもかわいい人だった。

「おっ、ラッキー!」

と思ったが、ルックスに反して、採血の注射がなかなか痛いので、

一気にトーンダウン。

手術は2日後なのだが、この日は、午前10時頃入院して、いろいろと説明を受けたりしながら、

合間に漫画を読んだり、本を読んだり、電話したり、ユーチューブを見たり、

627612d8a0fa4170bb94fd3f7c1e7223

1階の外来の所にあるカップの自販機でコーヒーを飲んだり、売店でお菓子を買って食べたり・・・、

こんな、のんきに過ごしていて本当にいいのだろうか?

と、逆に不安になる。

まぁ、翌日からは何も食べることはできずに点滴がはじまるのだが・・・。

*******

奇しくも、翌々日の手術の日は三男の誕生日だ。

この日、彼は12歳になり少し大人になるが、私は体の悪い部分を切除する。

自分自身がこんな状況だから、尚更のこと、子供の成長が愛おしく思う。

早く退院して、家に帰りたい。

Kakujyunmaikarakuti1_1 

鶴齢 純米超辛口 美山錦  

| | コメント (0)

いろいろとあったので

いろいろあって、約50日間、沈黙していた。

この間に様々なことがあったし、書きたいこともたくさんあったが、

敢えて沈黙を貫くことに決めた。

語ることができないので、ただただ沈黙していた。

そして、一つの区切りを迎えたので、更新を再開しようと思う。

********

9月11日。

東京へ行った帰りに、乗り換えの長岡駅内のフードコートで、

新潟のソウルフードである「イタリアン」を食す。

Dsc_1705_2

新潟で、「イタリアン」を提供する店舗は、「みかづき」と「フレンド」の二大ローカルチェーン店。

新潟県をあえて地球に見立てるならば、

北半球(新潟)は「みかづき」、

南半球(長岡)は「フレンド」という会社が棲み分けて存在し、「イタリアン」を提供している。

しかし、同じ「イタリアン」と呼称する両者の商品は一見、同じように見えるが、実は若干違っている。

まず、食べる前に気づくのが、その提供のスタイルだ。

みかづき(新潟)のイタリアンは「フォーク」が付くが、
フレンド(長岡)のイタリアンには「箸」が付く。

だからなんだ?

と言われると困るが、

ともかく、太麺焼きそばの上にミートソース情のものがぶっかけてあるという、

ジャンク感というか、なんと言うか、

味わい的に、結局のところは、

食べた後の「満足感」に到達しえない物足りないチープな味わいたまらない。

Dsc_1761

豊醇無盡たかちよ ハロウィン feat. SAKAZUKIN 生原酒

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«町Pドッジボール大会