2009年11月 4日 (水)

謙信びいき

火坂雅志「謙信びいき」。

タイトルの割りに、上杉謙信についての記述が殆どない。
氏の短い随筆を中心に纏められている。

「謙信」=「越後」(著者の故郷)という意味で読むと、何となく腑に落ちるような気がする一冊である。

上杉謙信といえば、今日では、「義」を貫いた戦上手の武将として、戦国時代を代表する大名の一人である。

だが私の中では、越後という領国経営に苦心する謙信像の方が印象深い。

謙信は、関東管領・上杉氏に半ば強引に養子になることによって、関東管領「上杉」としての公権力を手に入れる。

足利幕府がもはや形骸化していても、幕府の職である関東管領に就任することによって、より上位の家格と大義名分によって、越後国内の領主層の統制をおこなってゆく。

ところで、謙信の実父・長尾為景は、相当にやり手の守護代であった。
為景は京都の将軍に働きかけ、守護や御供衆と同格の名誉を獲得し、家格の上位化によって権力の強化を図るが、それでも、あくまで「守護代」のままであった。

それが故に、為景は越後国内で強大化した領主層を統制できるだけの、公権力を持つことができず、結局最後には引退に追い込まれてしまう。

謙信は、この父から残された課題を克服することによって国内の統制に成功するのだが、19歳で実兄から家督を奪い、然るべき公権力を獲得するまでは、苦労の連続である。

最終的に、謙信は、自身を頂点とした大領主の連合体を作りあげる。

しかし天正6年、「不慮の虫気(脳卒中か)?」により急逝した謙信亡き後に、すぐに後継者を巡って、越後を分裂した「御館の乱」が勃発する。

それは、謙信が作りあげた権力構造が内的には如何に脆かったか、という事が露呈した争いであった。

※参考文献 矢田俊文「上杉謙信」ミネルヴァ書房 2005

そして、この謙信の課題は、更に上杉景勝・直江兼続主従へ引き継がれる事となる。

謙信は「義」を掲げ、他国との戦に明け暮れたイメージが強いが、父・為景の残した課題を乗り越えていく謙信も、また興味深いのではないだろうか。

Kennsin

火坂雅志 著 / PHP出版

「謙信びいき」

謙信 純米吟醸

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2009年11月 3日 (火)

小説・コント55号

私の名前は「テツヤ」と言うのだが、あだ名は昔から「テッちゃん」である。

恐らく今後、歳を重ねて相当なヨボヨボの爺さんになっても、「テッちゃん」と呼ばれるに違いない。

それは「宿命」だと思って覚悟している。

しかし、聞くところによると、名付けにあたっては、親が出生届けを提出する間際まで、

どうも「キンヤ」だったらしい。

だとすれば、あだ名は恐らく、間違いなく「キンちゃん」である。

実は、提出先の役場で、近い歳の子に同姓同名がいるということを指摘され、慌てて名前を変えたらしい。

「キンちゃん」と言えば、誰もが思い浮かべるのは、「愛川欽也」か「萩本欽一」であろう。

愛川欽也は「キンキン」。

萩本欽一は「キンちゃん」。

北大路欣也を「キンちゃん」とも「キンキン」とも呼ばない。

私が生まれた70年代初頭、1966年に誕生したコント55号は、絶頂期にあった。

「欽ちゃん」「二郎さん」は国民的スターであった。

だから、もし私の名前が「キンヤ」ならば、ほぼ間違いなくあだ名は「キンちゃん」なのである。

しかし、この数年後、「キンキン」こと愛川欽也は映画「トラック野郎」で一躍、役者として人気を博す。

私の生まれるのが、あと数年遅かったら、あだ名は「キンキン」となっていたかもしれない。

「紙一重」とは正にこういう事であろう。

正直なところ、この歳になって、私は「キンちゃん」でも良かったのに、とも思う。

私が物心ついた時、私の記憶の中にある「欽ちゃん」は既にソロ活動をしており、常に欽ちゃんファミリーの父親であった。

私は物心がつくに従って、「ドリフ」、そして「ひょうきん族」へと次第に嗜好を変えていった。当時の私は、欽ちゃんに物足らなさを感じていたのだ。

そして時は流れ、私は今年36歳になった。

何ヶ月か前に、欽ちゃんの薫陶を受けた堀敏彦さんとご一緒させていただいた時、欽ちゃんの人生哲学の一片を聞かせていただいた。

お話の中に登場した欽ちゃんは、私が思っていた欽ちゃんではなかった。
以来、私は密かに「欽ちゃんは凄い人だ」と思うようになっていた。

かつて、私が初めて生で見た芸能人は「青空球児・好児」だった
小学生の私は、生で見る青空球児の「ゲロゲーロ」に度肝を抜かれ、凄いと思った。

実は欽ちゃんが下積の時、東洋劇場時代の欽ちゃんをいち早く追い越し、先に浅草の花形トップコメディアンになったのは、青空球児であった。

大人になった私は、ようやく、今度は「コメディアン・萩本欽一」の凄さに辿り着いたのだった。

55gou

山中伊知郎 著/竹書房

「小説・コント55号 いくよ二郎さん はいな欽ちゃん」

鶴齢 特別純米 越淡麗55%精米

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2009年11月 1日 (日)

失敗の本質

頼んだ訳ではないが、2010年3月開催の新潟清酒達人検定の案内が送られてきた。

昨年の銀の達人では、趣旨から逸脱した訳のわからない問題ばかりを出してしまい、誠に申訳ありません

、というお詫びの一つでも入っているかと思ったら、

申し込み用紙と「新潟清酒達人の集い」の申込書だけが入っていた。

今日、昨年、銀の達人に挑戦した「一般消費者」のお客さんが来店し、

「ねぇ、来年、受ける?」と聞いてきた。

私と同様、案内が送られてきたのだろう。

私は「う~ん、どうでしょうかねぇ~」と、曖昧な返事をした。

そして、今の言い回しはちょっと、長嶋茂雄っぽかったな、と密かに恥じた。

「俺、また、あんな問題が出るんだったら、受けるの止めにしようかな・・・」と、

そのお客さんは、ぽつりと言った。

「まぁ、今年は問題変えるかもしれませんし、まだ時間たくさんありますから、まぁもう少し考えて、ねぇ・・・」

と、また私は曖昧な返事を返してしまった。

例え時間があろうと、もう少し考えたところで、受けるかどうかという問題は決して解決しないのは、お客さんもわかっている。

恐らく、こんなふうな会話が各地で同時多発的に行われているのでないか?

と、安易に想像してしまうが、あながち間違ってはいないだろうと思う。

私の個人的な感想だが、前回2009年の清酒達人検定は、ほぼ失敗したと思う。

いろいろな意見があると思うが、私は「失敗」と見做している。

なぜ失敗したと思うのか?

それは、その高らかに掲げた目的を遂行すべき検定内容ではなかったからである。

前回は明らかに、金の達人まで「ふるいを掛ける」ことが目的化してしまい、多くの失望者を排出したばかりか、モチベーションまで下げてしまったように思われる。

主催者である酒造組合を中心とした検定協会は、そもそも何故このご当地検定を発足させるに至ったのかという原点に帰らなければならない。

そして、前回の失敗から学ぶべきである。

新潟清酒再興のために残された時間は、それ程多くはないのだから。

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戸部良一他著「失敗の本質~日本軍の組織論的研究~」

2010年新潟清酒達人検定の申込書

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2009年10月29日 (木)

働きが足らんなぁ

先日、中学生が総合学習とやらの職場訪問を受け入れた時の礼状がきた。

今回は、私にしては、久々にいい話をしたな

と思っていたが、その中学生の手紙に書かれていたお礼の内容は、

私が最も力説をしなかった部分の説明についての事だった。

そんなことはどうでもいい事、とまでは言わないが、ちょっとがっくりした。

「伝える」ということは、本当に難しい事なんだなと改めて感じる。

毎日の仕事の中で、日々の実践を誰にも負けない努力をした者が発した言葉には、

「魂」が宿っている。

その魂が宿った言葉を「哲学」とも言う。

私の言葉には、明らかに魂が足りなかった、と反省した。

要は私自身の、「働きが足らんなぁ」ということであろう。

Fukunaga

福永正三「会社再建」出版文化社

朝日山「得月」純米大吟醸 

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2009年10月17日 (土)

論語に学ぶ

「論語に学ぶ会」にお邪魔してきた。

丁度、序章にあたる「論語開眼」の回に、誘われてゲスト参加してきた。

会場いっぱいの参加者と熱気溢れる講座であった。

実のところ、私は「論語」には全く知識ゼロ。

半分、恐る恐るのゲスト参加であった。

「論語」自体は、ページ数は多くないという。

書下し文にしても、それでも決してページ数は多くない。

しかし、2500年も読み継がれている。

正に「人間の精神構造は、2500年前も今もちっとも変わっていない」という事であろう。

「論語」は、言うまでもなく、多くの著名な経営者に影響を与えている。

しかし私は、いちいち解説してもらわないと、ちっともわからない。

素養がないのを後悔した。

帰り際、講師の高野先生に挨拶し、

「いっぱい勉強しなさいよ」と先生から言われ、

「ハイ」と言って、頭を下げて会場を後にした。

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2009年10月14日 (水)

手帳を買いました

来年の手帳を買った。

本当かどうか知らないが、新潟では紀伊国屋書店でしか入手できないと言う、

日本法令社のマーケティングダイアリーである。

買ったと言っても、正確には、来年の手帳を買ったと見せびらかしに来たH氏から、

「私は紀伊国屋書店まで買いに行く時間がないから、君が買ってきた手帳を私に売りなさい」

と言って、奪うようにマタ買いをした。

手帳の巻末のマーケティングデータを眺めながら、なぜそのようなデータになるのか?

という事を、勝手な仮説をたてながら、あーだこーだと議論をするとなかなか面白い。

マーケティング年表からはじまり、人口関連統計から、労働者の賃金、業種別の事業数や年間販売額など、字が小さくて、はっきり言って、見にくいのだが、何となく、ざっと一通りのデータが掲載されている。

それがどうした、と言われれば、それまでなのだが、

この巻末データこそが、マーケティング手帳の価値であり、その名の所以でもある。

あとは悲しいかな、極普通の手帳と全く変わりない。

「統計」といえば、本日(10月14日)発売の「anan」1680号によれば、

イケメン男子76人に、オトコが「一日にどれくらい(女性の)胸やおしりのことを考えているのか?」

というデータでは、

ほとんど考えない・・・7%
5~15分・・・17%
30分・・・38%
~60分・・・8%
~5時間・・・13%
~7時間・・・3%
起きている時はほぼずっと・・・11%
起きている時も夢の中でも・・・3%

即ち、ほとんどのイケメン(76%)が、毎日30分以上、それに思いを馳せているという統計結果がでていた。

この統計データの信憑性は定かではないが、

今週の「anan」を一読する限りは、とりあえず、日本は平和だ、という事に議論の余地は無い。

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2009年10月12日 (月)

壱醸 ~「越淡麗」の稲刈り~

本日、快晴。

越銘醸「壱醸」に使用される新潟県究極の酒米「越淡麗」の稲刈りに行ってきた。

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昨年同様、旧・栃尾市(現・長岡市)の一の貝地区の棚田の稲刈りに、家族でお邪魔してきた。

実は、小さい子供を3人も連れて行くので、企画者の方々からは、労力として全く当てにされていない。

私自身、「稲刈り」と言うよりも、子供達と一緒になって、どんぐりを拾ったり、バッタを捕まえたり、殆ど遊びに行っているようなものである。

田植えの時も、そんな感じなので、周りの参加者から、

「今回もいっぱい、遊んでいけよ」

と、声を掛けられたのだが、

子供達に声を掛けたのか、それとも、私に声を掛けたのか、判断に迷う。

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一の貝地区の「越淡麗」は、先日の台風の影響を感じさItijyo_4せない、見事な実り。








今年も、農業の未来づくり大作戦~クボタeプロジェクトの協力で、最新のコンバインに、子供達と一緒に乗せてもらった。

収穫まで、一生懸命に育ててくれた関係者の皆様に、ひたすらに感謝しつつ、楽しい秋のひと時を過ごさせていただいた。

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429_2 壱醸 特別純米 無濾過 

720ml¥2,100(化粧箱入)







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720ml¥3,150(化粧箱入り)

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2009年9月30日 (水)

予習

椿寿荘イベントのお知らせ

徳永武昭 フラメンコギター

●2009年10月7日(水) 18時30分~20時頃 (18時開場)
●場所/田上町 豪農の館 椿寿荘 (無料駐車場有り) 
●料金/前売券 : 1500円   当日券 : 1800円 

☆問合わせ/豪農の館 椿寿荘 tel. 0256-57-2040  

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そう言えば、10月2日に中学生が、「総合学習」とやらで職場体験にくることを思い出したので、慌てて予習をした。

何か、「いいこと」の一つでも言えれば良いかと思って、何冊か本を読んだ。

何でもいい、「何か」を言語化し、彼らにわかる言葉で、伝えられれば。

しかし、それが、果たして中学2年生に伝わるかどうかはわからない。

ひょっとしたら、その読んだ本の著者の「受け売り」になってしまうかもしれない。

そもそも、本当に伝えたい考え方や思想は、それが自分自身の潜在意識にまで浸透し、血肉化し、更に実践し、継続していなければ、その言葉は、相手には届かない。

それができる人こそが「一流」であり「プロフェッショナル」と言われる、一つの要諦だと思う。

本当に経営者の道は険しい。

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2009年9月28日 (月)

運動会

椿寿荘イベントのお知らせ

徳永武昭 フラメンコギター

●2009年10月7日(水) 18時30分~20時頃 (18時開場)
●場所/田上町 豪農の館 椿寿荘 (無料駐車場有り) 
●料金/前売券 : 1500円   当日券 : 1800円 

☆問合わせ/豪農の館 椿寿荘 tel. 0256-57-2040  

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この前の土曜日は、子供が通う幼稚園の運動会だった。

朝の7時半から、場所取りのために、会場である町民体育館の玄関前に並んだ。

私が行った時には、既に、行列は2列目になっていた。

列の先頭は、朝の4時に来ていた猛者だった。

私が子供の頃、記憶に中には、両親が学校などの行事に来たという覚えがほとんどない。

むしろ、当時の私は、親が行事に来ない、もしくは、来れないのが当たり前と思っていた。

私と同じような子は、周りにもたくさんいたように思う。

なので、「子供ため」という、いろいろとしなければならない事柄に、時々疑問を感じる。

確かに、30年前とは経済の状況や、考え方の枠組みなど、要は「時代」というものが全く違うのである。

だから、そんな記憶を基層にした、私の感覚は相当にズレたものと見做されても仕方がない。

私は、所謂第二次ベビーブームの最中に生まれた一人である。

オイルショックを境に、経済成長率が、二桁台から一桁台になった時代である。

更に言えば、私が生まれた1973年は、先の敗戦から、30年も経っていないのである。

まぁ、そもそも、今から見れば、二桁台の経済成長率自体に想像が働かないのだが・・・。

当時の国民一人当たりGDPは、大雑把に言って、今の約半分位だろうか。

数字の上からみれば、当時の日本は決して先進国とは言えないだろう。

現在の東欧諸国並みであろうか。

今、日本は停滞しているとはいえ、3万ドル経済の國である。

その半分以下の経済の時が、私が幼少期を過ごした70年代後半なのである。

ちなみに、私が長男と同じ年齢だった、1979年は、封書が50円、葉書は20円だった。

その年、さだまさしは「関白宣言」し、武田鉄矢は3年B組の担任になった。

特に77年に上映された「幸福の黄色いハンカチ」で、真っ赤なフェンダーミラーのファミリアに乗り、北海道を走り、ナンパした桃井かおりと何とか一発しようと、ある意味必死な行動を、業を背負う高倉健に一喝され、泣きそうなった武田鉄矢が、数年後に公務員である、中学校教師に転じたのも、やはり、そういう時代だったのあろう。

それはともかく、私は「フィルムカメラ」で成長した長男の姿を追った。

周りは殆ど、デジタルカメラかデジタルビデオである。

私だけアナログ感を漂わせているのかと思ったら、私の長男か次男のお友達のお父さんも、フィルムカメラで撮っていた。

今年は保護者対抗リレーも、追い抜かれることなく無事にこなした。

リレーに出場した景品に、ティッシュBOXをもらった。

私が生まれた1973年であれば、オイルショックでトイレットペーパーと同様に買占め騒動になったであろう貴重品である。

私はそれで早速、鼻をかみ、ティッシュから溢れた自分の洟汁を眺めながら、36年の歳月を経て、ようやく豊かさを感得したのだった。

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2009年9月25日 (金)

蘇る勤労

椿寿荘イベントのお知らせ

徳永武昭 フラメンコギター

●2009年10月7日(水) 18時30分~20時頃 (18時開場)
●場所/田上町 豪農の館 椿寿荘 (無料駐車場有り) 
●料金/前売券 : 1500円   当日券 : 1800円 

☆問合わせ/豪農の館 椿寿荘 tel. 0256-57-2040  

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今年の「シルバーウィーク」なるものが終わった。

カレンダー通りに休むと、今週は2日間しか働かない事になる。

私はカレンダー通りの休日を、全く取ったことがないので、私には全く関係のない事である。

ただ、世間の休日が増えるという事は、どちらかというと、私の商売上はプラスに作用する要素が多いのかもしれない。

なので、むしろ歓迎すべき事柄なのだろうが、

私の素朴な感覚からすると、「世の中、そんなに休んでいいのだろうか?」と不安になってしまう。

それだけ、日本は生産性が高くなった、という事かもしれないが、本当にこれでいいのかと思ってしまう。

今、二宮尊徳(金次郎)にはまっている。

実はつい最近、稲盛和夫の講話を通して、二宮尊徳の重要性に気づいた。

彼は、超スゴイ人である。私は、そういう生き方はカッコイイと思う。

私が周りに「なぁ、二宮金次郎って知ってるか?凄い人だぞ」

と言うと、必ずと言っていいほど、失笑に近い対応をされる。

ただ「利他の心」をもつ人は、決してそういう態度はとらない。

失笑した人のほとんどは「ところで、二宮金次郎って、何をした人?」と私に尋ねる。

そういう質問には、とりあえず、かなりテキトーに答えてあげる。

その反応は「ふ~ん、そうなんだ」である。

私としては、そういう反応すると思ったよ、である。

なぜならば、質問の仕方が間違っているからだ。

正しい質問は、

「ところで、二宮金次郎から、あなたは何を学んだのですか?」である。

Ninomiya

黄金の二宮金次郎

¥1,050(税込)

私も愛用しています!

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