謙信びいき
火坂雅志「謙信びいき」。
タイトルの割りに、上杉謙信についての記述が殆どない。
氏の短い随筆を中心に纏められている。
「謙信」=「越後」(著者の故郷)という意味で読むと、何となく腑に落ちるような気がする一冊である。
上杉謙信といえば、今日では、「義」を貫いた戦上手の武将として、戦国時代を代表する大名の一人である。
だが私の中では、越後という領国経営に苦心する謙信像の方が印象深い。
謙信は、関東管領・上杉氏に半ば強引に養子になることによって、関東管領「上杉」としての公権力を手に入れる。
足利幕府がもはや形骸化していても、幕府の職である関東管領に就任することによって、より上位の家格と大義名分によって、越後国内の領主層の統制をおこなってゆく。
ところで、謙信の実父・長尾為景は、相当にやり手の守護代であった。
為景は京都の将軍に働きかけ、守護や御供衆と同格の名誉を獲得し、家格の上位化によって権力の強化を図るが、それでも、あくまで「守護代」のままであった。
それが故に、為景は越後国内で強大化した領主層を統制できるだけの、公権力を持つことができず、結局最後には引退に追い込まれてしまう。
謙信は、この父から残された課題を克服することによって国内の統制に成功するのだが、19歳で実兄から家督を奪い、然るべき公権力を獲得するまでは、苦労の連続である。
最終的に、謙信は、自身を頂点とした大領主の連合体を作りあげる。
しかし天正6年、「不慮の虫気(脳卒中か)?」により急逝した謙信亡き後に、すぐに後継者を巡って、越後を分裂した「御館の乱」が勃発する。
それは、謙信が作りあげた権力構造が内的には如何に脆かったか、という事が露呈した争いであった。
※参考文献 矢田俊文「上杉謙信」ミネルヴァ書房 2005
そして、この謙信の課題は、更に上杉景勝・直江兼続主従へ引き継がれる事となる。
謙信は「義」を掲げ、他国との戦に明け暮れたイメージが強いが、父・為景の残した課題を乗り越えていく謙信も、また興味深いのではないだろうか。
火坂雅志 著 / PHP出版
「謙信びいき」
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