ベフコ 新発田工場

最近、「せんべい」の類をよく食べる。

車を運転していて眠くなった時には、
ガムや飴などを食べるよりも、

「せんべい」を食べた方が眠気ざましになる、と聞いたので、

車の中には、せんべい類が常備してある。

その延長で、近頃、いろいろなメーカーのものを食べている。

新潟は、米菓の製造が盛んな県であることは、周知の通りである。

全国の米菓の販売額の約半分が新潟で製造されているそうだ。

ところで、栗山米菓さんの新発田工場へ行ってきた。

いろいろとお話をうかがい、大変勉強になった。

お昼は、新発田市内にある、イノ文化洋食さんでランチのハンバーグを食べました。

とても美味しかったです。

そういう訳で、今日は小学生の作文のような記事でした。

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顔が赤いのは酒を飲んだから

昨日は、新潟駅前の焼肉屋で高校時代からの友人4人と「男子会(新年会)」。

昨年も同じような時期に集っている。

野郎どもだけなので、気が楽でいい。

近況報告もさることながら、それぞれの「あの時」の話にいつも笑わされる。

各人が日々の仕事や生活などに忙殺される中、様々な思い出はよく憶えているものだ。

結局、最終電車での帰宅となった。

帰る方向が皆、別のため、それぞれが乗るべき電車、バスで、一人で帰ることなる。

その日は、全国的に冷え込みが厳しく、寒風吹き荒れる駅のホームで、ガタガタと震えながら最終電車を待った。

雪のため電車は遅れて到着した。

待ちわびた電車の中は、暖房が効いていて、冷たくなった体を程よく温めてくれる。

そうなると、ヤバイんだな、これが・・・。

発車まもなく、かじかんでいながらも、酒が入っている体に暖房。そして、程よい「揺れ」が添加され、「あっ」と言う間に睡魔が襲う。

私の降りる駅は、終着駅ではなく、途中にある駅。約40分の乗車時間である。

本を広げ、がんばって読む。

座席シートの下からは、温風が絶え間なく流れ、私の足元を温め続ける。

まるで、コタツに入っているような感覚が私の体を強襲する。

少し、目が乾くな。

ちょっと、まばたきをしてみる。

もう少し、ゆっくり、まばたきをしてみる。

そして、もう少し、よりゆっくりとまばたきを・・・・・

少しだけ、目を瞑るだけだから・・・

少しだけ・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

ぐぅ。。。。zzzz・・・・・・・。

・・

・・

不朽の名作「ドラえもん」の主人公の一人、「野比のび太」は、3秒で寝ることができるという特技をもつ。

「1・2・3 ぐぅ zzzz・・・」

すなわち、カウント・スリーで寝ることができる。

それは「寝るため」に、言わば、ものすごい「集中力」を発揮する能力と言える。

すばらしい。

私の場合はどうだろうか?

「1・2・さ・・ぐぅ・・・zzzz・・・」

恐らく、カウントは、2.5位だったと思う。

それはそれとして、・・・・・・

・・・・

・・・

・・

しばらくすると、車内が妙に静かだ。

「ハッ!」として目を開ける。

電車が、駅に停車している。

「あっ!イカン!乗り過ごしたかもしれない!」

慌てて、曇ったガラスの車窓を覗き込み、どこの駅か確認する。

新津駅だ。

な~んだ、まだ半分くらいきたところじゃないか。

危ない危ない。もう寝てはいけないぞ。

そして、電車が再び動き出す。

プッシュ~。

ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・・

寝てはいけない、寝てはいけない・・・

zzz・・・・ぐぅ。。。。。。。

・・・・・・・・

・・・・

・・

どれくらいの時間が経ったのであろうか。

再び、辺りが静かになる。

どこかの駅に停車した様子だ。

ハっと目覚める。

「あっ!イカン!今度こそヤバイ!」と、あせって窓を覗き込む。

見慣れないホームだ!しまった!寝過ごした!

慌てて電車から降り、駅名を探す。

「あっ、一つ前の駅だ。ヤバイ、今度は乗り遅れる!」

私は、今降りた電車に慌てて乗り込む。

「危ない、危ない・・ふぅ・・・」

さすがに、次は寝なかった。

というか、寝られなかった。

なぜならば、最終電車という、閑散とした車内にもかかわらず、くすくす、という笑いが、ハッキリと、そして充分に漂っていた。

顔が赤いのは酒を飲んだから、と、私は、次の駅まで自分を慰め続けた。

そのせいか、無事に家に帰れた自分自身が妙に誇らしい。

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「百戦百勝」「そろばん」

明治・大正期は、米の価格の上下によって、諸々の物価が変動した。
言わば、米がお金と同様の価値をもつ、大雑把に言って、米が中心の経済だった。

米相場があり、そこで巨万の富を築いた者もいれば、一文無しになった者もいる。

米だけではなく、株や生糸や小豆など、総じて「相場」には数多くの「相場師」が存在したが、大成功を収めたまま最後を迎えた「相場師」は数少ないという。

「ヤマタネ」こと「山崎種二」は、その数少ない成功者の一人であり、「相場の神様」と称されている。

その山崎種二をモデルにした、城山三郎の小説「百戦百勝~働き一両・考え五両~」が面白い。

小説の中では、主人公「春山豆二」という名で登場し、その半生記が描かれている。

山崎種二、本人の自著「そろばん~売りのヤマタネ半生記」とあわせて読むと面白さが更に増す。

「百戦百勝」「働き一両・考え五両」は、タイトル通り、山崎種二の人生を通底している「思想」である。

物語の中では、「春山家」は、祖父の代には、なかなか隆盛していたが、父の代で相場に敗れ貧農に成り下がったという設定になっている。

実際は、隆盛していた祖父の代に、「秩父事件」が生家にも飛び火し、農民による襲撃・略奪・火災などに見舞われ、更に伯父が相場をはったり事業に失敗するなどして、田畑のほとんどを抵当に取られ、高利貸しからの利息が生活を一層逼迫させた。

作中、父・孝造が豆二に言う、

「働き一両、考え五両  

これはおじいさんから教わった言葉だ。よく胸にたたみこんでおけ。きっと出世する。

(中略)

いくら、まめに働いたところで、体だけ動かすなら、一両にしかならんところを、頭使って働けば、五両になるというのだ。

豆を二つまくというのも、そのひとつ。

何でも頭をひねって生きろということだ」

**********

それはともかく、私の場合、働いても一両にもなっていないのではないかと思う。

労働集約型の商売の悲しいところでもある。

頭をひねって生きなきゃ、いかんな。

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久々の休み

久々の休みに、家族で国営越後丘陵公園(通称:長岡丘陵公園)に行ってきた。

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今の時期、平日はソリなどは無料貸し出し、施設内の飲食店は休業などなど・・・

そんなことよりも、何より「すいている」。

私には、これが一番である。

ただ、平日対応で、リフトが動いていないのが、かなりキツイ。

ソリを滑るにしても、徒歩で斜面を登らなければならない。

子供をソリに乗せ、斜面を「ハァ、ハァ」言いながら登る。

正に「人生は重荷を背負うて坂道を行くが如し」(by 徳川家康)。

「お前ら、オレの老後は楽させてくれよな」と自分を励ましながら、

人生の比喩と言うべき坂を登り、一気にソリで滑り降りる。

2~3回、これを繰り返せば、私はもうダウンである。

ところで、公園内には、誰かさんがつくった「かまくら」や「雪だるま」が無数にある。

特に「かまくら」、もしくは「かまくら状」の、要するに、子供が入れるような空間穴をつくったようなものが結構ある。

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見方によっては、以前に訪れた誰かが作った、ある種の「遺跡」のようなものである。

「丘陵」に「遺跡」。人は数万年以来、何も変わってはいない。

そんなことを感じたので、家族にこの後、近くにある県立歴史博物館に行こう、と言ったら軽く却下された。

わかってないな~、君たち。

結局、その後は長岡ドームバッティングスタジアムに行くことになった。

そこで、私は時速60kmのボックスでホームランを放ち、ピッチングZONE9で、7球命中という好成績をおさめ、子供達に存在感を示すことができた。

そういう訳で、休み明けの今日は体がダルびっしゅ。

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昨日のお昼

昨日のお昼は、上野村で買ってきた地物カレー各種。

嫁さんに、「コレ高かったんだから、心して食しなさい」と念を押し、

私は、「猪豚ホルモン黒カレー」、嫁さんは「白まいたけのホワイトカレー」。

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それぞれ、上野村の特産品である「猪豚」「まいたけ(きのこ類)」をたっぷりと使用している。

価格はかなり強気の設定。

ホワイトカレーは辛くはないので、子供でも美味しく食べられる。

一歳になる4男に、少し食べさせたら喜んで食べていた。

さて、猪豚ホルモン黒カレーだが、レバーなども入っている。

嫁さんは美味しく食べていたが、要するに、私はレバーなど臓物系が苦手なのである。

レバーペーストは食べられるのだが・・・。

実は、こんなことを言うと、結構バカにされるのだが、私はそれでもいいと思っている。

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もちつき大会

毎年恒例の、子供達を対象にした商工会青年部主催の「もちつき大会」だった。

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昨年同様、農業青年部の皆さんの協力を得て、

今年は、朝7時半より、もち米をセイロで蒸かし、「きなこ」は田上町産の大豆からつくった自家製で、地産地消色を出した、もちつき大会となった。

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ちなみに、「大会」といっても競い合うわけでない。
そういう「名称」のイベントなのである。

告知が足りなかったせいか、昨年より、少し参加人数が少なかった。

ただ、参加した親子の感想を聞くと、「混雑しているよりは、ずっといい」と、

主催側にとっては、複雑な心境である。

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私が青年部員として参加しているので、例年通り「麹甘酒」を提供している。

一応、私が無償で提供しているのでなく、青年部の経費である。

昨年は、鍋で直接温めたため、見事に「こがして」しまい、ほとんど全てを廃棄してしまったという悲惨な結果に終わったが、

今年は、湯煎&保温器で、こがすことなく、美味しい状態で提供することができた。

このイベントでは、「麹甘酒」は無料で来場者に提供している。

その「麹甘酒」は、ただ「あまざけ 無料」としか表示していないが、

実は、その中味は「新潟雪譜」である。

ちなみに、「新潟雪譜」は、410g瓶詰で¥1,200する高級品である。

それを、紙コップになみなみと入れて無料で提供している訳なのである。

3杯くらい「おかわり」をしていた人がいたが、その人は、随分と得をしたのではないかと思う。

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軽自動車で行く、群馬県上野村紀行 2

一時間ほど時間ができたので、散策がてら、上野村にある「旧・黒澤家住宅」を見学してきた。

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実は、恥ずかしながら最初に、

「くろさわけ じゅうたく」

と、聞いた時、団地か何かの名前かと思った。

昭和のレトロな住宅団地でもあるのかと思ったら、江戸時代の国指定文化財の旧家であった。

山間の村と言っても、実はここはかつての「天領」である。

やはり、「天領」となっていたところには特別な何かがあるように思う。

この旧・黒澤家住宅の入館料は、大人300円。

受付のおばちゃんにお金を払ったら、入場券とパンフレットと共に、干し柿をもらった。

「来た人にあげようと思って、ウチから持ってきたんだ~」

と、持参したビニール袋から干し柿を取り出し、

「ほら、手出せぇ」と言って、私の手のひらに一つづつ干し柿をのせ始めた。

「いいよ、いいよ、そんなに食えないよ」と、私は言ったが、

「せっかく来たんだから、持ってけ~」と、

結局、受付のおばちゃんは、私の手のひらに、干し柿を3個のせた。

当然であるが、その干し柿の経費は村から予算が付いている訳でもなく、
また、誰から言われた訳でもなく、

あくまでも、その受付のおばちゃんが、来場してくれた人に喜んでもらおうと、
自発的に、つまりボランタリーに、「おもてなし」をしてくれた干し柿である。

私は、私たち日本人が、かつて誰でも持っていたであろう美徳に感動した。

なので、本当は、

「干し柿入れる袋ちょうだい」と言いたかったが、感動のあまり、とうとう言い出すことができなかった。

結局、私は手のひらに干し柿を3個のせて、その後散策を続けることとなった。

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とにかく、冬の風が冷たい。

川は半分凍っている。

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旧・黒澤住宅から川を挟んで、向こう岸に「ときわ荘」がある。

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敢えて言うまでもないが、そこに手塚治虫先生や藤子不二雄先生たちが漫画を書いている訳ではないことを、一応念を押しておこう。

そうそう、上野村には「上野スカイブリッジ」という、高さ90メートル、全長225メートルという関東随一の高さと長さを誇る吊り橋がある。

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(*資料:上野村HPより転載)

相当に眺めがいいらしいが、

高所恐怖症の私にとっては、そんなところに行った時には、

「絶叫」というよりも「発狂」してしまい、

発狂してしまった私は、恐らく、幼い子供や家族を残し、然るべき施設で短い一生を終えることとなるであろう。

そういう訳で、詳しい上野村の観光情報については、私のブログなんかよりも、なんと言っても村のホームページやパンフレットなどを参照した方がいいと思う。

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上野村で買ったお土産いろいろ。

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軽自動車で行く、群馬県上野村紀行

アレをチョメチョメするのに、鳥巣先生からご紹介してもらった群馬県上野村まで、軽自動車で日帰りで行ってきた。

現地のスタッフの方の一人に「えっ!? これで来たの?」と言われた。

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上野村までは、当店から約300キロ。

出発は午前4時30分。
折りしも、行く日に限って新潟は雪。
関越トンネルを抜けるまで3時間以上もかかってしまい、片道5時間の「苦行」となってしまった。

群馬県上野村は、長野、埼玉との県境に近い人口約1300人の山間の村である。

新潟からは、関越道から藤岡JCTで上信越道にのり、

下仁田I.Cを降りてから、更に約40分ほどかかる。

今更言うまでもないが、上信越道から見える景色の中に、「水田」はない。
下仁田ネギに代表されるように、農業は畑作が中心である。

越後平野で育った私にとっては、普段見慣れない景色と言ってもいいだろう。

途中、「相場の神様」の一人でもあり、実業家の山崎種二が生まれ育った旧・吉井町を高速道路で通り過ぎる。

何よりも「米食」が大好きだった山崎種二が、なぜそんなに米が好きなのかが、その環境からもわかるような気がした。

また、山崎種二は、東京に丁稚に出た15歳の時には、刺身や寿司のような生魚を使った料理が食べられなかった。

魚と言えば、川で捕れる「うなぎ」や川魚などを焼いて食べるもので、そもそも海の魚を生で食べる習慣がなかったという。

それもまたわかるような気がした。

それにしても、上州の冬の空は青い。

灰色の雲が覆う越後が惨めなくらいに、空がどこまでも青く高い。

行く時はそう思った。

しかし帰り道、県境を貫く十数キロに及ぶ、大清水トンネルを通り抜けた時、

そして、連なる山々の「白と黒の世界」のある種の鮮明な風景を目の当たりにした時、

「帰ってきた感」が、一気に満ちてきた。

たった一日の間であるが、空っ風の青い空よりも、どんよりと湿った空が、妙に懐かしく感じたのだった。
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たぶん、つづく・・・

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義援金

昨年の3月のブログで、「風が吹く」の売上金の一部を義援金として送ると宣言した。

半年くらいを目途に考えていたが、

やはり年の区切りがよいだろうと、

12月にまとめてしようと思ったが、

最繁忙期なので、

やっぱりここらへんで、と思い、

要するに、約束通りに、11月下旬に日赤の「東北地方太平洋沖地震義援金」に送金した。

金額はわずかだが、一本一本、きちんと商品を売って得たお金であり、また、その呼びかけに買ってくださったお客さんの善意でもある。

このように、様々なところから集まった義援金の使途が、怪しいところがある、ということも言われているようであるが、私個人としては如何ともし難い。

いずれにしても、「敗戦後最大の国難」と言われながらも、一年も経たないうちに、
こうしてほぼ普通に生活しているのが、極めて不思議に感じる。

とりあえず、ご報告まで。

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今、店にあるのは、

「風が吹く 山廃純米吟醸 しずく取り」だっぺ!

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夏子物語

「成人の日」の今日、国旗を掲揚した。

今日は、無風のため、あまり国旗が、はためかないのが少し寂しい。

全国各地で成人式が催されているが、
私の住む町は、毎年3月の春分の日の前後に「成人式」が主催されている。

道を挟んだ向かい側が、写真屋さんなので、その時分になると、振袖姿などに着飾った新成人が親御さんとともに記念撮影に訪れ、大変混雑する。

かつて、私も成人式を迎えてから、何年が経つのだろうか。
毎年、その向かいの写真屋さんの光景を見るたびに、

「あぁ、いいなぁ、あの頃に戻りたいなぁ」と、微かに思う。

***********

町の成人式の時に、同級生と撮った写真がある。

当時は、「デジカメ」などはなく、使い捨てのフィルムカメラ「写ルンです」である。

その時の私は、紺のブレザー、通称「紺ブレ」を着ている。
ダブルのスーツにペイズリー柄のネクタイをしている友人もいる。

今では、とてもそんな格好で出歩くことはできない。

その時、私は大学生で、新潟県外にいた。
その成人式のために、春休みを利用して帰省した。

その時、再会したK美ちゃんから、「夏子の酒」のモデルとなった久須美酒造までドライブに連れて行ってもらった思い出がある。

当時はまだ、地酒ブームの只中にあり、首都圏では、新潟清酒が市場を席捲していた。

大学の飲み会では、新潟県出身というだけで、

「ならば日本酒を飲め」と諸先輩方から指導を頂き、

白鶴とか大関などの大手NBの300mlの瓶を渡された途端、

「一気コール」が始まり、コント赤信号の渡辺正行のコーラの一気飲みのように、

ゴボゴボと音を立てながら飲まされた記憶がある。

というより、そこまでの記憶はあるが、その後の記憶はない。
あるいは、時には、トイレで全部吐いた記憶はある。

ところで、清酒の出荷量の伸びを、平成元年を100としてみると、
約20年後の平成19年には、全国平均でマイナス50以下、新潟でマイナス20以下となっている。

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(特定非営利活動法人新潟NPO協会ホームページより転載)

「いいなぁ、あの頃に戻りたいなぁ」と思ったのは、私だけではないはずだ。

全国の夏子さ~ん!

あなたのお酒ですよ~!

Natsukoshibori

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